第40話:永久機関と迎撃の盾
朝早くから、不夜城と化した鋼鉄の要塞の一室には、まだ朝靄の残る空気の中で、一台の車両に熱いまなざしを向ける二人の男の姿があった。
スポットライトに照らされているのは、スクエアな六輪の巨体を持つ『ヴリトラ-APC』だ。バレルは手慣れた手付きで工具を操り、ヴリトラの心臓部にあたる魔導ハッチを開け放っていた。
「よし、まずはこの既存の魔法電池を取り出して……。俺が持ってきた特製のやつと取り換えて置こう」
カチリ、とロックを外したバレルが、ジンワリと淡い光を放つ魔力電池を引き抜く。
「あの、バレルさん。その魔法電池、まだエネルギーの残量が少し残ってますよ? 抜いちゃうのは、ちょっともったいないんじゃ……?」
作業を横で手伝っていたフリントが、疑問を口にする。
するとバレルは、工具を弄びながらニヤリと不敵に笑った。
「ふふふ、心配するなフリント。俺の作った魔法電池は、そんじょそこらの使い捨てとはワケが違う、特別なものさ」
「特別、ですか?」
「ああ。時空制御の基本術式と、因果逆転回路を極小規模で組み込んであってな。消費された魔力を『消費される前の時間軸』から反転して引き戻す。つまり、理論上は無限に魔力を再生し続けるのさ」
「え……それって、永久機関……!?」
フリントは驚愕のあまり、目を見開いた。古のロンカ帝国だけが成し得た超理論が、目の前の技術者の手によって平然と語られている。
「ははは! そういうことだ」
バレルは快活に笑いながら、特製の意匠が施された新しい電池をガシャリと滑り込ませた。
「これでこの鋼鉄の要塞も、このヴリトラも、魔力が切れることは絶対に無い。どれだけエネルギーを使おうがビクともしないから、安心しろ」
ハッチを閉めながら、バレルはふと視線を落とし、悪戯っぽく肩をすくめた。
「まあ……君が木っ端微塵にしちゃった、あのレヴァルトにも、これと同じ無限の魔力機関が積まれていたんだけどな?」
「うっ……! ……その節は、本当に申し訳ありませんでした……」
フリントは当時の激闘を思い出し、耳まで赤くしてすまなそうに頭を下げた。大切な至高のマシンを大破させてしまった罪悪感が、今でも胸をチクリと刺す。
しかし、バレルはそんなフリントの頭を、大きな手でガシガシと手荒く撫で回した。
「いやいや、謝るな。あのレヴァルトが頑丈だったからこそ、君はあの魔将軍の凄まじい猛攻を耐え抜いて、生き延びることができたんだろ?」
バレルはフリントの顔を覗き込み、父親のような優しい目でその肩をぽんと叩いた。
「レヴァルトはな、主である君を生き残らせるために、全力を尽くして砕け散ったんだ。機械の生みの親としても、あいつの散り様は本望さ。現に、君はこうして五体満足で生きてる。いいか、大事なのはそれだけだ」
「……バレルさん。はい!」
胸の仕えが綺麗に取れたフリントは、満面の笑顔で力強く頷いた。
「よし! しんみりした話はここまでだ!」
バレルはパチンと手を叩き、ヴリトラの無骨なフロントマスクを見上げた。
「で……? 実際のところ、こいつの乗り心地はどんな感じなんだ? もう、ここに来るまでにだいぶ乗り回したんだろ?」
質問されたフリントは、待ってましたとばかりに胸を張り、運転席のシステムを起動した。
「それが、驚くほど快適なんです! ルームミラーはインナーミラータイプのバックモニターになっていて、ダッシュボード中央には12インチの大型オーディオディスプレイ。さらにサイドモニターとパノラミックビューモニターが連動して、死角なしで周囲360度が表示されます。『エイダス』がかなり充実しているんですよ」
「えいだす……? なんだそりゃ」
聞き慣れない単語に、バレルが眉をひそめる。
「魔導運転支援(Advanced Driver Assistance System)システムのことです。設定した速度を維持して走るクルーズコントロールや、停止時にブレーキを踏み続けなくていいオートブレーキホールド、さらに自動で制動をかける魔導パーキングブレーキまで付いてるんです!」
「おいおい、戦闘用の装甲車だってのに、快適装備がモリモリじゃねえか……」
バレルは感心半分、呆れ半分で呟くと、おもむろに作業着の膝をついて、ヴリトラの車体下へと潜り込み、その足回りを覗き込んだ。その瞬間、バレルの目の色が変わる。
「ほう……! こいつは凄げえな……。多重リーフスプリングに強化スタビライザー、強化ショックアブソーバー……おい、エアーサスペンションだけじゃなく、フレームの歪みを抑えるモーション・コントロール・ビームまで仕込んでやがるぞ!?」
バレルは車体の下から這い出てくると、衣服の埃を払いながら興奮気味に言った。
「足回りの剛性と衝撃吸収能力が桁違いだ。これだけの巨体だ、走行性能は相当なもんだろ?」
「そうなんです! トルクがもの凄く太くて、重い荷物を満載していても、走り出しや加速時のスムーズさは最高なんです」
フリントは我が事のように嬉しそうに微笑んだ。だが、すぐに少しだけ表情を曇らせ、ヴリトラの滑らかなルーフを見上げる。
「でも……唯一の問題は、やっぱり武装が心許ないというか。チャリオット(戦車)としての主砲が無いので、決定打に欠けるんです」
「主砲、ねえ……」
バレルは顎を撫で、ニヤリと不敵に笑った。
「そう言えばさ、あっちの部屋に、面白いものが転がってたぞ?」
「あっちの部屋?」
フリントが首を傾げる。バレルは「ついてきな」と手招きし、ホールの隣にある、かつて魔将軍の技術者たちが使っていたと思われる研究室のドアを開けた。フリントもその背中に続いて部屋へと足を踏み入れる。
室内の作業台を見た瞬間、フリントは息を呑んだ。
「あ……! これは……!」
埃を被ったスチールテーブルの上に、無骨な金属筒を持つ『ビームブラスター』が四門。そしてその隣には、細い棒状の基部の先端に、精密にカットされた詠唱石が埋め込まれた奇妙なアンテナが数本、綺麗に並べられていた。
「自動迎撃システムだ! この部屋で、グライフェンの部下たちが開発してたのか!」
フリントの目が、一瞬で少年のように輝き出す。
「ああ。だが、このアンテナの形状は感心しないな。このまんまじゃ実戦の衝撃でポキリと折れちまうほど脆そうだ」
バレルはアンテナを一本手に取り、技術者としての鋭い提案を投げかける。
「こいつを平型の形状に作り替えて、上から頑丈な装甲カバーを取り付けよう」
「素晴らしいです!」
フリントはすぐにバレルの意図を理解し、激しく同意した。
「ヴリトラのルーフにある特殊砲スロットの穴を、機銃が装備できるように削って改造しましょう。そして、そこで空いたスペースの直下に、その平型アンテナをマウントするんです。そうすれば装甲の内側から安全にシステムを展開できます!」
「おう、話が早くて助かるぜ! あと、あれも使おう」
バレルが部屋の奥にある大きなスチール棚を指さした。そこには、重厚な油紙に包まれた、6門の『15mm魔導銃』が油の匂いを漂わせて鎮座していた。
「あれをヴリトラの上部砲台に3門、連装で装備したら……主砲がなくても、そこそこ強力な面制圧火器になるでしょうね」
フリントが顎に手を当て、頭の中で設計図を組み立てていく。
「それだけじゃねえぞ」
バレルは作業台の制御盤を叩いた。
「ヴリトラには、元々かなり処理能力の高い『定錨総括器』が装備されてる。俺の因果逆転回路と同調させて、こいつをさらにチューンして超高速化してやろう」
バレルの言葉に、フリントの脳内で火花が弾けた。
「アンカー・プロセッサーが超高速化すれば……ビームブラスターの捕捉と反応速度が跳ね上がる。……一度に、4発の敵の砲撃を同時に撃ち落とせるようになる!」
「そういうことだ。二つの特殊砲スロットに、二つの迎撃システムを分散配置する。合計で、一度に最大8発の大砲や誘導弾を撃ち込まれても、すべて空中で迎撃・無力化できる計算だ」
「敵の主砲を、完全に無力化できそうですね……!」
フリントは興奮で声を震わせた。どんなに強力な主砲を持つ敵チャリオットが相手でも、その攻撃が届かなければ意味はない。ヴリトラは「絶対に傷つかない無敵の盾」になる。
「それに加えて」
バレルは15mm魔導銃の棚を振り返り、不敵な笑みを深くした。
「敵の攻撃をすべて叩き落としながら、こちらは15mm魔導銃を3門同時発射で浴びせ続ける。派手な主砲は無くとも、敵の『境界殻』をジリジリと確実に削り殺す構成だ。……どんな大物相手でも、勝機は十分にありそうだろ?」
バレルは再び、ヴリトラの車体に熱いまなざしを向けた。それは、新たな傑作の誕生を予感した、狂気的なまでに純粋な技術者の目だった。
「それじゃ、やってみるか? 相棒!」
バレルが差し出した大きな右手に、フリントは迷わず自分の手を重ねた。
「はい!!」
パチィン! と、二人の手が力強く合わさる音が、静かな要塞のホールに響き渡る。
主砲を持たないはずの装甲車(APC)が、天才たちの手によって、あらゆる矛を弾き返す「絶対防御の戦闘機械」へと生まれ変わろうとしていた。




