第39話:不夜城の灯火と新たな船出
プラウデンの広場に堂々と着陸した、バレルの巨大な飛空艇。
風がようやく収まり、下ろされたタラップから、金属製の大きな箱をそれぞれ両腕に抱えた二体のポロットが、重々しい足音を立てて降りてきた。そのすぐ後ろから、工具袋を肩にかけたバレルが、いつもの不敵な笑みを浮かべて姿を現す。
バレルはタラップの途中で立ち止まると、眼下の広場で待機していた助手に鋭い声を飛ばした。
「おい、バルド! じゃあ、予定通りこの辺りの瓦礫の撤去と整理、それから出来る限りでいい、街の主要な道の修繕をそいつらにやらせといてくれ!」
「わかりました! よし、お前ら、作業開始だ!」
バルドが手際よく声を張り上げ、ポロットたちに指図を出す。
すると、それまで微動だにせず並んでいた数十体の鋼鉄の作業員たちが、ガシャリと一斉に駆動音を響かせて動き出した。ある者は人間三人分はあろうかという巨大な建物の残骸を軽々と持ち上げ、またある者は崩れた路面を器用に均し始める。その無駄のない組織的な動きは、見ていて圧倒されるほどだった。
「……すげえな、これ」
クリストフは腕組みをしたまま、感心を通り越して呆れたように首を傾げた。
「でもよ、バレル。さすがにお前のあの大きな船でも、これだけの数のポロットたちを常駐させておくスペースがあるとは思えんぞ。中に空間拡張の魔法でもかかってんのか?」
「わっはっは! 違う違う」
バレルはタラップを降りきると、得意げに胸を張った。
「船に載せてある『現物』は、基本的にたったの一体だけさ。必要に応じて、そのオリジナルの術式をベースに、無限に実体複製する仕組みなんだよ」
「なんじゃそりゃ? めちゃくちゃだな……」
クリストフは頭を掻いた。まさに常識外れの、精霊工学の極みだ。
「で、目的が終わった後、このポロットたちはどうすんだよ? そのまま置いとくわけにもいかねえだろ」
「まあ、こんな大人数は船に入りきらないからな。作業が終わったら、術式を『浄化』すれば全員光の粒子になって消えてくれる。また使いたいときに、その都度複製するのさ。便利だろ?」
バレルはそう言って、ぽんとクリストフの肩を叩いた。
「さあ、積る話は後だ。案内してくれよ、その『鋼鉄の要塞』とやらに!」
「お、おう。じゃあ、着いてきてくれ」
クリストフが先頭に立ち、その後ろをバレルと、大きな箱を抱えた二体のポロットが静かに従っていく。
要塞へと続く道中、クリストフたちの目には、息を呑むような光景が広がっていた。
何十体ものポロットが総出となって、町中の瓦礫を効率的に撤去し、散らばった資材を分類し、道の清掃まで行っている。灰色に死んでいたプラウデンの街が、鋼鉄の作業員たちの手によって、見る見るうちに「形」を取り戻していくのだ。
バレルは歩みを少し緩め、懐かしむように辺りの景色を見回した。
「……俺も昔、若かりし頃に一度、このプラウデンを訪れたことがあったんだ。あの頃は精霊工学が本当に盛んでな、路地裏の一つ一つにまで美しい魔導灯が灯る、見事な街並みだった」
バレルの悪戯っぽい瞳に、少しだけ寂しげな色が混ざる。
「だからさ……さすがに、この変わり果てた姿を見るのは忍びなくてな。フリントの故郷だってのもある。少しでも、復興の手助けになれればと思ってさ」
「そうだったのか……」
クリストフは歩きながら、一瞬だけ呆れたような表情を浮かべた。だがすぐに、バレルの不器用な義理堅さと優しさを察し、その口元に温かい微笑みを浮かべた。
「しかし、ここまでやると、少しの手助けどころじゃねえけどな。町が一つ、元通りになっちまいそうだぜ」
要塞の重厚なゲートをくぐると、中ではトリスタンとヴァレリアが二人を待っていた。
「ようこそお越しくださいました、バレルさん!」
トリスタンが嬉しそうに駆け寄る。
「おう、トリスタン。元気そうで何よりだ」
バレルが快活に応じる。その後ろでは、ヴァレリアが相変わらず腕組みをしたまま佇んでいたが、その表情には静かで穏やかな笑みが浮かんでいた。
「ふむ……これが魔将軍の要塞か……」
バレルは挨拶もそこそこに、興味深そうにキョロキョロと施設の内装を見回し始めた。その目はすでに、一流の技術者のそれになっている。
そして、何かに引き寄せられるように、迷いのない足取りで薄暗い施設の奥へとずんずん進んでいった。
「おいおい、どこへ行くんだ?」
クリストフが慌てて後を追う。
「壁の中の配線を辿ってるんだよ。魔導エネルギーの流れを見れば、心臓部がどこかくらい一発でわかる。……おそらく、この辺りかな?」
バレルが足を止めた視線の先には、壁面に埋め込まれた、ひときわ巨大な重制御装置が置かれていた。
バレルは作業着のポケットから手際よく工具を取り出すと、慣れた手付きでボルトを外し、装置の頑丈な鉄蓋をガシャリと開けた。その内部には、予想通り、完全に魔力が底を突いて灰色に変色した魔法電池が五個、整然と並んでいた。
「よし、ここだ。お前ら、それを下ろせ」
バレルの指示に従い、後ろに控えていた二体のポロットが、抱えていた大きな箱を床に静かに下ろす。蓋を開けると、中には精緻な魔導意匠が施された、バレルの特製魔法電池が眩い輝きを放って並んでいた。
バレルは空になった古い電池を、慎重な手付きで装置から外し、持ってきた特製魔法電池へと手際よく付け替えていく。カチリ、カチリと、新しい命が要塞の心臓部に注ぎ込まれていく。
すべての換装を終えると、バレルは『ヴリトラ-APC』が停められていた広い中央ホールの壁面にある、主コントロールパネルの部屋へと移動した。並んだレバーやスイッチを、リズミカルに切り替えていく。
次の瞬間――
ヴィィィィィン……!
要塞の奥底から、眠れる巨人が目覚めるような重低音の駆動音が響き渡った。
それと同時に、暗闇に包まれていた施設内の魔導照明が、手前から奥へと一斉にパチパチと音を立てて眩しく灯っていく。さらに、それまで空気の入れ替えのために開け放たれていた巨大な防壁扉や、高所の窓のシャッターが、油圧の音を立ててゆっくりと、自動的に閉鎖されていった。
「おいおいおい……! これはポンコツどころか、かなり最新鋭の設備だぞ、こりゃ!」
バレル自身が、その復旧したシステムの完成度の高さに目を丸くして驚いていた。
壁の通気口から、かすかな作動音と共に、ひんやりとしたエアコンの涼しい風が優しく流れ込んでくる。
それまで汗をかきながら荷物を運んでいたヴァレリアが、その風を頬に受けて、ふぅと満足げな吐息を漏らした。
「あー……涼しい。最高ね。じゃ、私は自分の部屋にいるわ」
ヴァレリアは現金なものだったが、その足取りは軽やかだった。自分の私物を綺麗に整理し終えた、お気に入りの一室へと早速入っていく。
この要塞には、かつてここに駐屯していた開発者や兵士たちが使っていたであろう、頑丈なベッドが設置された居住スペースや、なんと温水が出る入浴施設まで、完璧な状態で完備されていたのだ。電力が戻った今、そこは最高に快適な隠れ家へと変貌を遂げていた。
その頃、プラウデンの町に、心地よい六輪の駆動音が帰ってきた。
フリントがヴリトラを駆り、挨拶回りを終えて戻ってきたのだ。だが、フロントガラス越しに見える故郷の光景に、フリントは驚愕してハンドルを握る手に力を込めた。
大勢の見たこともない金属製のロボットたちが、一糸乱れぬ動きで瓦礫を運び、道を綺麗に整備している真っ最中だったからだ。
「わあ……っ!? なんだ? なんだなんだ!?」
フリントは目を白黒させ、キョロキョロと周囲を何度も見回しながら、戸惑うようにヴリトラを鋼鉄の要塞の中へと滑り込ませた。
「あ、おかえり! フリント!」
ヴリトラが入ってくるのを見計らって、トリスタンが嬉しそうに駆け寄ってくる。
フリントは車を停車させると、運転席から後部荷室へとウォークスルーし、側面のスライドドアを大きく開けて外へと降り立った。
「トリスタン、外のあれは一体……! あ、それより見てよ!」
フリントは興奮気味に、開け放たれたヴリトラの広大な荷室を指差した。
「村の人たちが、最後まで本当に優しくしてくれてさ。僕たちがここに引っ越したって言ったら、お祝いで、いっぱい食べ物やお酒をくれたんだ! 今夜は引っ越し祝いをしよう!」
ヴリトラの変形された広々としたカーゴスペースには、新鮮な塊肉、採れたての瑞々しい野菜、近くの川で獲れた大ぶりの魚、そして高級な樽酒や大量の飲料水などが、これでもかと満載に積まれていた。
「おいおいおい……」
車の後ろに回り込み、荷室を覗き込んだクリストフが、驚きに目を丸くした。
「一晩の宴どころか、悠に一週間はこれだけで食っていける量だぞ、こりゃ……」
「おう! フリント! それが、新しいチャリオットか!?」
ホールの奥から、バレルがガシガシと頭を掻きながら、快活な声を掛けて歩いてきた。
「えっ……バレルさん!? 来てくれてたんですか!?」
フリントの顔が一瞬で満面の笑みに変わる。彼は最高の恩人であり、魂の理解者に出会えた喜びのまま、バレルに向かって駆け寄っていった。
やがて、外での一次作業を区切りよく終えたバルドも、要塞の中へと入ってきた。
その夜、プラウデンの『鋼鉄の要塞』は、かつて魔将軍が支配していた冷徹な影を完全に払拭していた。
バレルの魔法電池によってもたらされた煌々と輝く明かりが、不夜城のように暗闇の町を優しく照らし出す。ヴリトラから下ろされた新鮮なごちそうがテーブルを埋め尽くし、冷えたエアコンの快適な部屋の中で、若き技術者たちの熱い語らいと、仲間たちの温かい笑い声が、夜中までいつまでも、絶えることなく響き渡っていた。




