第38話:天空の作業員と鋼鉄の軍勢
ゴロゴロゴロ……と、重厚な駆動音を響かせ、一台のチャリオットがプラウデンの『鋼鉄の要塞』へと滑り込んできた。
かつて魔将軍グライフェンが君臨していたその拠点の巨大なゲートを潜り抜けたのは、古のロンカ帝国の遺産『ヴリトラ-APC』だ。前輪一軸、後輪二軸の計六輪のタイヤが力強く砂煙を巻き上げ、車体には山の隠れ家倉庫から運び出した荷物が、文字通り限界まで満載されていた。
プシュー、と小気味よい排気音を立ててヴリトラが停車する。
間髪入れずに側面のスライドドアがガシャリと開き、同時に後部の重厚な観音開きのバックドアが左右へと豪快に開け放たれた。
「よっと……! 相変わらず、凄まじい積載量だなこいつは」
荷室から姿を現したのはクリストフだ。大柄な体躯に見合う頑丈な木箱を両腕で軽々と抱え、地面へと降り立つ。続いて、トリスタンも少し小ぶりの木箱を大事そうに抱えて、スライドドアから軽快に飛び降りてきた。
一方、運転席にいたフリントは、わざわざ外へ回ることはしなかった。運転席と助手席の間にある通路を滑り込むように移動する――『ウォークスルー』だ。
そのまま真っ直ぐ後方の荷室へと移動したフリントは、そこでようやく一つ、大きく息を吐いた。
ヴリトラの荷室内は、大人が腰を屈めることなく、直立したまま歩き回れるほどの十分な室内高が確保されている。フリントは広々とした空間を見回しながら、奥に残っていた最後の荷物を手際よく整理し、車外のクリストフたちへと手渡していった。
「おい、フリント? これで全部だよな?」
受け取った木箱を地面に下ろし、クリストフが額の汗を拭いながら尋ねる。
「はい、これで全部です。倉庫にあった資材も、俺たちの私物も、綺麗さっぱり運び終わりました」
フリントは満足げに頷くと、すっかり空っぽになって広大になったヴリトラの荷室へ、再び乗り込んだ。
「それじゃ、最後にちょっと行ってきます。山の倉庫をお借りしていた、これまで本当にお世話になった農家の方に、ちゃんとお礼と引っ越しの挨拶をしておきたくて」
「おう! 義理堅いねえ、行ってきな!」
クリストフが白い歯を見せて笑い、大きく手を振った。
「こっちの荷解きは、俺とトリスタンで片付けておくから、任せとけ!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
フリントが運転席から応じ、ヴリトラが静かに唸りを上げる。六輪のタイヤが再び滑らかに回転し、頼もしい相棒は鋼鉄の要塞を静かに出て行った。
「しかし……本当にあっという間に、引っ越しが終わっちまったな……」
去り行くヴリトラの後ろ姿を見送りながら、クリストフが感心したように呟いた。
これまでなら何往復も、それこそ何日もかかるはずだった大荷物の大移動が、ヴリトラの圧倒的な輸送力のおかげで、たったの数回で片付いてしまったのだ。
「本当だよね。チャリオットって、戦って何かを破壊するだけじゃなくて、こういう仕事でもこれほど活躍できるなんて……。やっぱりすごいよ」
トリスタンがしみじみとした様子で感想を口にする。彼らは早速、地面に並べられた木箱をどんどん紐解き、要塞の奥へと運び込んでは、手際よく整理して収納していった。
その時だった。
ガラクタ混じりのテーブルの上に置いてあった、手のひらサイズの小さな通信機が、突然ケタたましい電子音を鳴り響かせた。
ピピピピピピ! ピピピピピピ!
「お? なんだ……珍しいな」
気づいたクリストフが、埃っぽい手を払って通信機を手に取る。コールボタンを押し、耳に当てた。
「はいはい、どこのどなたさんで……って、バレルか? どうした?」
『どうした? じゃないよ! お前ら、魔将軍と戦ったのか!? 無事だったのか!?』
スピーカーから、割れんばかりのバレルの怒鳴り声が飛び出してきた。風の音に混じって、彼特有の焦燥感が伝わってくる。
「まあ……壮絶な殺り合いだったけどな……」
クリストフは少しだけ声を落とし、だが誇らしげにニヤリと笑った。
「なんとか、勝てたよ」
『で、出たーーー! 本当に勝ちやがったか! ……で? フリントは? トリスタンは? あいつら無事なのか!? 怪我はねえだろうな!』
「ああ、全員ピンピンしてるぜ。心配無用だ。フリントはさっき挨拶回りに出かけたが、いまはみんなで新居の片付けをしてるところさ」
『新居ぉ?』
バレルの声が一瞬きょとんとしたものに変わる。
「プラウデンにな、あの魔将軍が使ってた『鋼鉄の要塞』があってな。奴らが逃げ出して、もぬけの殻になってたんだよ。いい物件だから、あの山の倉庫からこっちに引っ越そうってことになったのさ」
『ま、魔将軍の、鋼鉄の要塞だとぉっ!?』
受話器の向こうで、バレルが椅子からひっくり返るような音がした。技術者としての好奇心が、一瞬で爆発したのが声のトーンで分かる。
「ああ、そうだ。まぁ、確かにデカくて頑丈なんだが……とんだポンコツでよ。敵の野郎ども、撤退するときに魔法電池を綺麗さっぱり空っけつにしていきやがって。エアコンも照明も点かねえから、今は窓や扉を全部開けっぱなしにして、風通しだけで過ごしてるんだよ」
『そうか……! おい、クリストフ! そっちに、俺の飛空艇が着陸できるような、広い広場はあるか!?』
「ああ? 広場なら、その魔将軍と戦ったあたりが、今は障害物も吹き飛んでだだっ広く開けてるが……。おい、もしかして、お前こっちに来るつもりか?」
『そりゃ、そうだろ! そんな面白そうな鋼鉄の要塞とか言われたら、この目で直接見たいに決まってるだろ!』
「わっはっはっは! そんなこと言う奴、世界中探してお前しかいねえっての!」
クリストフは豪快に笑い飛ばした。
「まあ、いいや。歓迎するぜ。じゃあ、俺がその広場に立って待っててやるよ」
『おう、じゃあ、すぐにそっちに着くと思うんで、よろしく頼むわ!』
「へいへい」
クリストフが返事を終えると同時に通信が切れた。
通信機をテーブルに戻し、クリストフは通路の奥に向かって声を張り上げた。
「おい! トリスタン!」
「なに? クリストフ?」
奥の部屋から、トリスタンが顔を覗かせる。
「バレルが今からこっちに来るって言うからよ、ちょっと広場まで迎えに行ってくるわ」
「わかった。フリントが帰ってきたら、そう伝えておくよ」
「頼んだぜ」
クリストフは軽く手を挙げると、要塞の重い鋼鉄の扉をくぐり、外へと歩き出していった。
しばらく歩き、先日の決戦の舞台となった広大な広場へと到着したクリストフは、ふぅと息を吐いて腕組みをした。日差しを遮るように手をかざし、退屈そうに上空を眺める。
静寂が広がっていたその時、空の向こうから、空間を震わせるような重低音が響いてきた。
やがて、雲を突き抜けて巨大な影が姿を現す。圧倒的な威容を誇るバレルの飛空艇だ。船体が近づくにつれ、猛烈な下向きの突風が巻き起こり、プラウデンの瓦礫がカラカラと音を立てて転がった。
「相変わらず、とんでもねえ化け物船だな……」
クリストフが髪を風に乱されながら見上げる中、飛空艇の船底から、頑丈な金属製の『足』が四つ、ガシャガシャと飛び出してきた。それががっしりと地面を踏み締め、巨体を完全に固定する。
プシューーーッ!
白い蒸気が激しく噴き出し、ゆっくりと頑丈なタラップが地面へと下ろされた。
クリストフは、バレルがいつものように「よう!」と手を振って降りてくるのを待っていた。
しかし――タラップから姿を現したのは、人間ではなかった。
ギギィ、ガシャ、ギギィ、ガシャ……。
重々しい金属音を響かせ、タラップを降りてきたのは、身の丈二メートルはあろうかという、武骨な金属製のロボットだった。それも、一体ではない。
二体、三体、十体、二十体……。
整然と列を組み、一糸乱れぬ動きのロボットたちが、何十体も次々と船内から湧き出るように降りてくる。彼らは瞬く間に広場を埋め尽くし、クリストフの周囲を包囲するようにして整列していった。
「わあ……っ!? なんだ? なんだなんだなんだ!?」
百戦錬磨の傭兵であるクリストフも、この異様な光景には流石にうろたえ、思わず一歩、二歩と後ずさりしながら慌てふためいた。武器に手をかけるべきか、完全に判断を迷っている。
すると、ロボットたちの背後から、一人の若い男がひょっこりと顔を出した。バレルの船の操舵士であり、助手でもあるバルドだ。
「やあ、クリストフさん。俺です、バルドです。今日はよろしくお願いします!」
バルドは人懐っこい笑顔でペコリと頭を下げた。
「お、おう……バルドか。しかし、これは一体、何の冗談だ……?」
クリストフは引きつった笑みを浮かべ、周囲を取り囲む無機質なロボットたちの軍勢を見回した。
「あはは、すみません、驚かせちゃって。こいつらは『P-LOT』って言いまして、この飛空艇の警備軍隊であり、同時に何でもこなす万能な作業員でもあるんですよ」
バルドは誇らしげに胸を張る。
「今回の要塞の片付けと引っ越し、相当大変だろうってバレルさんが言うんで、こいつらを総動員してきました。そんで、俺が現場監督をやらせて頂くんで、よろしくお願いします! あ、じきにバレルさんも降りてきますんで」
「現場監督、だと……?」
クリストフは、微動だにせず整然と立ち並ぶポロットたちの鋼鉄の身体を見上げ、ただただ唖然とするしかなかった。
かつて魔将軍の脅威に晒され、今は静まり返った瓦礫の町プラウデン。
その中央に、巨大な天空の飛空艇と、見たこともない大量のロボット軍勢が堂々と降り立った。この風変わりな救世主たちが、プラウデンにさらなる大騒動と、そして決定的な変革をもたらすことは、誰の目にも明らかだった。




