第37話:古の六輪、鋼鉄の要塞の遺産
山の隠れ家倉庫からの引っ越しが決まった、プラウデンの『鋼鉄の要塞』。
かつて魔将軍グライフェンが冷酷な命令を下していたその居城で、4人は敵の残置物を整理しながら、さらに広大な施設内の状況を点検していった。
静まり返った通路を歩き、それぞれの部屋を確認していたその時、要塞の奥深く、一段と広い格納庫のほうから大声が響き渡った。
「おい! フリント! ヴァレリアもトリスタンも、ちょっと来てみろよ! こっちだ!」
クリストフの声だ。いつになく興奮したその呼び声に、フリントは弾かれるように通路を駆け抜けた。
「な、何があったんですか、クリストフ……って、ああっ!?」
格納庫に飛び込んだフリントは、その場に釘付けになり、驚きで目を大きく見開いた。後から追いついたトリスタンも、息を呑む。
「どう思う、これ? ……レヴァルトより一回りデカくて、なんだか強力そうじゃないか?」
クリストフが、目の前に鎮座する巨大な影を指さして不敵に笑う。
そこにいたのは、頑丈そうなスクエア(箱型)のフォルムを持つ、重装甲のチャリオットだった。足回りを覗き込めば、前輪に1軸、そして頑丈なサイドのスライドドアを挟んで、後輪に2軸。計6輪の巨大なタイヤが車体を支えている。
「『ヴリトラ-APC』……!」
フリントが、畏敬の念を込めてその名を呟いた。
「ヴリトラ? フリント、これを知っているのか? 使えそうか?」
クリストフが尋ねる。
「ええ、古のロンカ帝国が開発した、装甲兵員輸送車です。主に前線へ、安全に兵士を輸送するために開発された車両なんですよ。車体がこれだけ大きいのは、たくさんの人間を乗せて運ぶためなんです」
フリントは吸い寄せられるように車体に近づくと、サイドの重いレバーを引き、ガシャコンと音を立てて大開口のスライドドアを開き放った。
「ほら、中が凄く広々としてるでしょう?」
フリントは身を乗り出し、車内を指さして説明を続ける。
「奥にあるこの横向きのベンチシートに4人、そして対面にあるもう一つの横向きベンチシートに2人。合計6人がここに座れるんです」
「前の操縦席と助手席を合わせれば、合計で8人乗りか……」
クリストフが中を覗き込み、感心したように顎をなでた。
「これだけデカいなら、装備はどのくらい積めるんだ? どんな大砲が載る?」
「それが……見た感じ、前方に機銃用の砲台が3スロット、後部に特殊砲用のマウントが2スロットありますけど、残念ながら大口径の『主砲』を装備できる設計にはなっていないみたいです」
「特殊砲って?」
ヴァレリアが興味深そうに尋ねる。
「対空ミサイルとか、自動迫撃砲タイプとか、色んな形にカスタマイズできる自由度の高い兵器のことだ。でも、今の俺たちにはそんなロンカ帝国の兵器を作る技術的なノウハウが乏しいから、もし使うとしても、今は無難に通常の大砲を載せたほうが火力が出るだろうね」
「うーん……そういうことか」
クリストフがフリントの説明を聞き、少しがっかりしたように肩をすくめた。
「兵隊の移動や、例えば黒本党の魔物の群れなんかを相手にするなら無敵の強さを発揮しますけど、大型のチャリオット同士の戦いになると、一撃必殺の主砲が無いから火力が心許ないんです。おそらく、敵の技術者たちも『強化しても使いづらい』と判断して、ここに置いていったんでしょうね……」
「なんだよ、期待させやがって。そういうことか。これじゃあ、敵の強力なチャリオット相手の喧嘩には使えねえな」
クリストフが苦笑いする。しかし、フリントは目を輝かせたまま首を振った。
「いや! でも、これは僕たちにとって凄い大発見ですよ!」
フリントは俊敏な動きで車内に入り込むと、壁面に固定された横向きのベンチシートを、カチャカチャと器用に上へ跳ね上げてみせた。座席が畳まれ、ただでさえ広い車内に、広大なフラットスペースが出現する。
「こうすれば、大量の荷物を運べる『カーゴ(貨物車)』に早変わりです! 運転席と助手席のドア、この大きなスライドドア、それに後ろの観音開きのバックドアを合わせた4ドア仕様……物の出し入れが最高にしやすい。しかも、心臓部の魔法電池も搭載されたままで、残量も十分残ってます。この広い荷室を使ってピストン輸送すれば、あの山の倉庫からの引っ越しなんて、一瞬で終わっちゃいますよ!」
フリントの弾んだ提案に、クリストフは一瞬呆気にとられた後、ぽんと勢いよく手を叩いた。
「なるほどな! そうか! 今の俺たちに必要なのは、大砲よりも荷車だ。そいつはよほど便利だな……いい拾い物だ。よし、早速こいつを引っ越しに使おう!」
「ねえ、ここにに並んでいるスイッチ類は何かしら?」
いつの間にか部屋の中を覗き込んでいたヴァレリアが、複雑に並んだコントロールパネルのスイッチを指さした。
「ああ、それは『要塞の施設内』の照明や空調を操作する主電源スイッチだと思う。グライフェンたちはここをコントロール室の一つとしても使っていたみたいだね」
フリントが、パネルのスイッチをパチパチといくつか切り替えていく。
その瞬間、格納庫の天井にある巨大な魔導照明が次々と点灯し、薄暗かった空間が一気に昼間のような明るさに包まれた。同時に、壁のダクトからゴーッという低い音が響き、冷たいエアコンの風が吹き出す。
「あー……涼しいわね。生き返るわ」
激戦の後片付けで汗をかいていたヴァレリアが、ふぅと息を吐いて髪をかき上げた。
だが、その快適さは長くは続かなかった。
――ブゥゥゥン……。
突如として、要塞全体の魔力が吸い取られるように照明が消え、冷風がピタリと止まった。格納庫は再び、元の薄暗がりに戻ってしまう。
「ちょっと、どうしたのよ?」
ヴァレリアがキョロキョロと周囲を見回す。フリントはコントロールパネルのメーターを確認すると、がっくりと肩を落として、お手上げのポーズをしてみせた。
「……要塞側の魔法電池切れですね。あいつら、撤退するときに予備の電池や在庫のエネルギー結晶を、全部持って行っちゃったみたいだから……。今ので、要塞に残ってたわずかな残魔力を使い切っちゃいました」
「ありゃりゃ、じゃあエアコンはお預けか」
クリストフが苦笑する。
「それなら、とりあえず、要塞の窓や扉を片っ端から開けて、換気だけでもしておこうよ」
トリスタンが爽やかな笑顔で提案した。
「みんなで動けばすぐだよ」
「そうだね。これだけ分厚い鋼鉄の壁に囲まれてるんだ、空気がこもったら大変だ」
フリントも笑って頷き、早速、近くの通路の明かり取りの窓を開けるために歩き出す。
「よし、じゃあ手分けするか。俺は奥の部屋の窓を見てくるぜ」
クリストフが大男らしい足取りで、頼もしく奥の区画へと向かっていく。
照明は消え、少し不便なスタートにはなったけれど。
外から差し込む自然の光と風を受けながら、主を失った鋼鉄の要塞の中で、4人の「本当のチーム」としての共同作業が、賑やかに始まっていった。




