第35話:鋼鉄の決戦、黄金の閃光
かつての故郷、プラウデンの瓦礫が散乱する荒涼とした道を、漆黒の6輪車両『レヴァルト-D8』が低い駆動音を響かせながらゆっくりと進んでいく。
「フリント。グライフェンがどこにいるか、わかるか?」
傍らを歩くクリストフが、車体に向かって尋ねた。コンソールに囲まれた車内から、少しこもったフリントの声が返ってくる。
『おそらく、あの中心部にある鋼鉄の要塞にいると思われます。しかし……奴もいつもここに常駐しているわけではなさそうなので……』
「まあ、魔将軍ともなれば各地への遠征や虐殺で忙しいでしょうからね。ああ見えて、彼らも退屈している暇はないのよ」
ヴァレリアが皮肉を込めて呟く。その時、トリスタンがレヴァルトの装甲に手を置きながら尋ねた。
「ねえ、フリント。もしグライフェンが本当にこの街にいるとしたら、僕たちはどうやって奴を引っ張り出すの?」
『たまに、あそこの道の向こうみたいに、ピカッと光る場所があるだろ? あれは奴らの魔導監視網だ。俺たちがここに入った時点で、向こうはとっくにこちらの存在を察知して、向こうからやってくるはずだ』
「なるほどな。それで前に俺たちが来た時も、いきなり奇襲を仕掛けてきやがったわけか」
納得したクリストフは、鋭い目で周囲を索敵しながら、どんどん先へと歩いていった。そして、崩れかけた壁に囲まれた、少し開けた広場を見つけると、大きく手招きをした。
「よし! ここにしよう! ここで奴を迎え撃つ。袋小路で退路はねえが、前方がこれだけ開けていりゃあ、大砲をぶっ放すにゃあ最高の舞台だ」
フリントはレヴァルトを広場の中央へと滑り込ませ、入り口に向けて2門の152mm巨大主砲をガチガチと音を立てて向け直した。
「来るなら、来い……!」
息を呑むトリスタン、そして大剣を抜いたクリストフと魔力を昂ぶらせるヴァレリアも、レヴァルトの車体の影に身を潜めてその時を待った。世界の息が止まったかのような静寂が広場を支配する。
――キィィィラ、キチキチキチキチ……。
しばらくすると、瓦礫を踏み潰す無限軌道の重厚な地響きと共に、入り口から怪物が姿を現した。
前回のチャリオットとは一線を画す、流線型の先進的なデザイン。全身を分厚い複合装甲で固め、威圧的な兵装をこれでもかと搭載した最新鋭機――『ヒトマル-EX』。
カチャリと上部ハッチが開き、その中から巨大な巨躯、魔将軍グライフェンが傲然と顔を出した。
「フン……。ネズミどもめ、雁首揃えてのこのこと死にに来たか。望み通り、一人残らず塵にしてくれよう」
対抗するように、レヴァルトのハッチが勢いよく開き、フリントがその身を乗り出す。その瞳には、故郷を滅ぼされた激しい怒りの炎が燃え上がっていた。
「グライフェン……! 今日こそ、お前をぶっ殺してやる!!」
「ふふふ……やってみろ、小僧」
グライフェンは冷酷に嗤うと、車内へと戻り重厚なハッチを閉ざした。フリントもまた、叫びながらレヴァルトの中へと飛び込む。
『みんな、来るぞ!! レヴァルトの横か後ろに回って、絶対に車体から離れないで!!』
次の瞬間、ヒトマル-EXの【120mm位相刻印砲】が、世界を裂くような轟音と共に火を噴いた。
凄まじい速度で飛来する砲弾。しかし着弾の直前、レヴァルトの前面の空間に、無数の「光の正方形のタイル」が隙間なく展開された。魔導砲弾はその幾何学的な光の壁に激突し、凄まじい火花を散らして弾け飛んだ。
「フリント!! 今のは何だ!?」
爆風の中でクリストフが叫ぶ。
『境界殻――防衛システムです! 危ないですから、絶対にその光の盾の後ろにいてください! お返しだっ!!』
レヴァルトの2門の152mm巨大主砲が、大地を揺るがす爆音を立てて同時に火を噴いた。時間差ゼロの、完璧な飽和攻撃。
しかしその刹那、ヒトマル-EXの車体から放たれた超高速のビームブラスターが、飛来する1発の砲弾を正確に空中で撃ち落とし、大爆発を起こさせた。
だが、敵の迎撃システムが処理できたのはそこまでだった。完全に同時に重なって飛んできた「もう1発」の砲弾が、迎撃網をすり抜けてヒトマル-EXの前面へと直撃する。
凄まじい衝撃波と共に、ヒトマル-EXの周囲に展開されていた光の盾が、派手に火花を散らして何枚も叩き割られた。
『くっそう……! 自動迎撃システムか! せっかくの2門同時砲撃の威力が、半分に落とされる……!』
コンソールを叩き、フリントが悔しげに歯噛みする。
「これは、どうだ!」
トリスタンがバレルから贈られた魔導矢筒から矢を引き抜く。カチリと次の矢がせり出すのを肌で感じながら、ロングボウの弦を限界まで引き絞って放った。美しく輝く魔導矢がヒトマル-EXの装甲に命中した瞬間、猛烈な大爆発が巻き起こり、敵の境界殻をさらに数枚激しく削り取る。
「私も行くわよ! 塵に還りなさい!! ――ニュークリアブラスト!!」
ヴァレリアが両手を前に突き出し、張り裂けんばかりのコールを響かせる。ヒトマル-EXの目の前で、空間そのものを焼き尽くすような純白の核の光が炸裂した。
「おいおい、あのお嬢ちゃん……『赤本(魔導書)』の最上位呪文まで使いやがるのかよ……!」
クリストフが戦慄しながらも、その鷹のような目でヒトマル-EXの光の盾を凝視した。そして、ある決定的な違和感に気づき、声を張り上げた。
「おい、フリント! レヴァルトのバウンダリー・ハルは隙間なく並んでるが、グライフェン側の盾には、わずかに『隙間』があるぞ!」
『えっ!? ――ああっ、あれはバウンダリー・ハルの総枚数を減らし、魔力出力を抑えて効率化するための設計です! 奴ら、突貫工事でシステムを仕上げやがったんだ……!』
「効率化、ねえ。――なら、そのケチった隙間が命取りだ。トリスタン、その弓を貸せ!」
「えっ!?」
トリスタンからロングボウを奪い取るように掴むと、クリストフはバレル特製の魔導矢を番え、一気に弦を引き絞った。
その瞬間、戦場の喧騒が嘘のように消え去り、世界の時間が止まったかのような錯覚が一同を包み込む。クリストフの呼吸が完全に同調した、その刹那――。
ヒュッ――!!
放たれた矢は、ヒトマル-EXが展開する光の盾の「わずかな隙間」を縫うようにして、歪に突き出たアナログな棒状のフェイズドアレイレーダー基部へと直撃した。先端の詠唱石が粉々に砕け散り、アンテナがへし折れる。
『やった! 迎撃システムがシャットダウンしたぞ!!』
フリントの歓喜の叫びと同時に、レヴァルトの2門の主砲が三度、火を噴いた。
今度は遮る迎撃ビームはない。152mmのツインボアが放った圧倒的な大質量弾が2発ともヒトマル-EXへと突き刺さり、その光の盾をまとめて派手に、木っ端微塵へと削り取っていく。
「トリスタン、返してやる! あれをやれ、撃ちまくれ!!」
クリストフが弓を投げ返す。
「うん……、あぁぁぁぁぁッ!!」
トリスタンは猛然と頷くと、バレル特製の矢筒から、目にも留まらぬ速さで矢を引き抜き、放ち、また引き抜いた。弦を引っ張っている最中にも、もう一本の右手には次の魔導矢が握られている。空間拡張された矢筒から、次々と無限のように溢れ出る輝く矢。
シュシュシュシュシュシュッ!!!
凄まじい高速回転で、乱れ撃ちされる無数の魔導矢。もはや狙いの正確さなど関係ない。ただひたすらに、敵の防御壁を削りきるための圧倒的な弾幕が、ヒトマル-EXを襲う。
「ニュークリアブラスト!!!」
間髪入れず、ヴァレリアの追撃の核光が炸裂する。
両者の怒涛の削り合い。大地が悲鳴を上げ、周囲の瓦礫が粉々に粉砕される凄まじい光景。しかし――、グライフェンの【120mm位相刻印砲】から放たれる、狂気的な連射速度が、レヴァルトの防御をも確実に限界へと追い詰めていた。
キィィィン……! ガガガガァンッ!!
『まずい……! バウンダリー・ハルがもう保たない! ――ここまで、か……!!』
レヴァルトの車内に、警告の赤光が激しく明滅する。フリントは涙を呑み、座席の下にある、バレルが仕込んでくれた「非常用の赤いレバー」を思い切り引き絞った。
ガコンッ!!!
レヴァルトの上部装甲が弾け飛び、フリントの乗った座席が、爆発的な勢いで上空へと射出された。
その直後のことだった。ヒトマル-EXから放たれた最後の一撃が、レヴァルトの残った境界殻を完全に消滅させ、続くもう一発が、フリントたちの希望であったレヴァルトの車体を、文字通り木っ端微塵へと粉砕した。
「フリントォォォォォォォ――ッ!!!!」
トリスタンが絶叫した。目の前で親友の乗った車両が爆発四散する光景に、彼の脳裏が真っ白に染まる。
「うおおおあぁぁぁ!! この、野郎ぉぉぉぉぉッ!!!」
トリスタンは我を忘れ、魔導矢をこれでもかと乱れ撃ちしながら、火を噴くヒトマル-EXに向かって真っ直ぐに突撃していった。
「トリスタン! 突っ込むな、やめろ!!」
クリストフの制止の声すら届かない。
「これで、最後よぉぉぉッ!! ニュークリアブラスト!!!」
ヴァレリアの、魂を振り絞るような一撃がヒトマル-EXの天面に炸裂した。その圧倒的な破壊力の前に、ヒトマル-EXを護っていた最後の境界殻が、ガラスのように粉々に砕け散り、空間へと霧散する。
「うあああああッ!!」
防御を完全に失った最新鋭チャリオット『ヒトマル-EX』の巨体に、トリスタンが撃ち込み続けていた無数の魔導矢の爆風が容赦なく襲いかかり、車体全体を激しい火炎が包み込んだ。
ドガァァァァン……!!
大爆発を起こし、沈黙するヒトマル-EX。しかし、その立ち上る不気味な黒煙と爆炎の中から、信じられないことに、衣服を焦がした魔将軍グライフェンが、ゆっくりと、何事もなかったかのように姿を現した。
「……やってくれたな、小僧ども。この私に、ここまでの泥を塗るとは」
グライフェンの赤い双眸が冷酷に光る。彼は腰から、禍々しいオーラを放つ大剣をゆっくりと引き抜いた。
正面から走ってくるトリスタンもまた、激しい怒りと悲しみに突き動かされながら、愛用のロングソードを強く握り締め、上段へと構えた。
「グライフェン!!」
二人の距離がゼロになる。
激突の瞬間、グライフェンの魔剣と、トリスタンのロングソードが真っ向から交差した。
その刹那、トリスタンの身体から、戦場全体を昼間のように照らし出す、これまでにないほど凄まじい「黄金の光」が爆発的に溢れ出した。
「くそ!黄金の光か……がはぁっ!」
黄金の閃光が、グライフェンの邪悪な魔力を、そしてその肉体を容赦なく焼き尽くしていく。
凄まじい光の奔流が収まると、そこには、黄金の力によって完全に焼け焦げ、物言わぬ死体となった魔将軍の姿が転がっていた。
静寂が戻る。トリスタンは剣を落とし、その場にばったりと膝をついた。
「フリント……、ウソだろ……。僕を置いていくなんて、そんなの、ないよ……」
親友を失った絶望に、トリスタンは地面を血がにじむほど殴りつけ、声をあげて号泣した。クリストフとヴァレリアも、沈痛な面持ちで近づくことしかできない。
「トリスタン! 大丈夫か!」
「え……?」
上空から、場違いなほど元気な声が降ってきた。
トリスタンが涙に濡れた顔を跳ね上げると、頭上には、大きな白いパラシュートを開き、風に揺られながらゆっくりと降下してくるフリントの姿があった。
「フ……フリント!? お前、生きて、たのか……!?」
着地したフリントに向かって、トリスタンは弾かれたように飛びつき、その体を壊れんばかりに強く抱きしめた。
「あはは、ごめんな、トリスタン。バレルさんが『念のために』って、座席ごと外に飛び出す脱出装置をレヴァルトの底に仕込んでくれてたんだよ。事前に伝える時間がなくてさ……」
「フリント……っ、良かった……! 本当に、本当に良かった……!!」
トリスタンはフリントの胸に顔をうずめ、今度は安堵と嬉しさのあまり、子供のようにワンワンと声を上げて号泣した。
駆け寄ってきたクリストフが「人騒がせな坊主どもだ」と呆れながらも嬉しそうに笑い、ヴァレリアもまた、フッと小さく安堵の笑みを漏らす。
焦げた鉄と爆風の匂いが漂うプラウデンの広場に、過酷な死闘を生き抜いた4人の、本当の勝利の歓喜がいつまでも優しく響き渡るのだった。




