第34話:鉄の傲慢、職人の餞別
プラウデンの街を覆い尽くす、黒々とした鋼鉄の要塞。
各地へ「死の宣告」を終え、絶対的な支配者として君臨する魔将軍グライフェンが、この拠点へと帰還してきた。
プシューッ……と重苦しい音を立てて鋼鉄製の自動扉が開く。
そこから、周囲の空気を凍りつかせるほどの巨大な巨躯――魔将軍グライフェンが威風堂々と姿を現した。待ち構えていた開発者たちが、一斉に直立不動の姿勢を取る。
「それで……新型チャリオットの開発はどうなっている?」
地鳴りのようなグライフェンの問いかけに、開発責任者が冷や汗を流しながら進み出た。
「は、はい! 新開発の『ヒトマル-EX』は、前回のシャシーに比べ、全体的な出力、駆動性能ともに大幅な向上を達成いたしました。主砲には最新鋭技術である【120mm位相刻印砲】を装備、副砲には【7.7mm魔導銃】を配備しております」
「ふむ。特殊砲スロットの調整は済んだのか?」
グライフェンが赤い双眸を光らせると、開発者は一瞬言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……そこなのですが、新技術の搭載に少々時間が掛かっておりまして……」
「どんな技術だ」
「はい。フェイズドアレイレーダーによる【自動迎撃システム】です。捕捉した敵の砲撃に対し、超高速反応で『ビームブラスター』を連動させ、着弾前に空中で撃ち落とし無力化する絶対の盾となるシステムなのですが……。現状、アンテナの基部がアナログな棒状で、その先端に詠唱石を括り付けただけの簡素な形になっております」
開発者は図面を指し示しながら、必死に訴えた。
「これでは露出部分があまりに多く、敵の攻撃や障害物に対して破損しやすい『脆弱性』となってしまいます。現在、このアンテナを平型に調整し直し、防護カバーと装甲板で補強する算段を――」
「いや、構わん」
冷徹な声が、開発者の言葉を遮った。
「え……?」
「いますぐその迎撃システムを取り付けろ。形などどうでもいい」
「し、しかし閣下! これでは万が一、ここを狙撃でもされた場合、システムの維持が――」
「そもそも」
グライフェンは不敵に、そして傲然と鼻で笑った。
「私のチャリオットに、傷一つ付けられる者などこの世に存在せぬ。あの厄介な黄金の光……あの忌々しい小僧とヴァレリア、あいつらを確実に抹殺できれば、それで十分だ」
「は、はい……!」
グライフェンの絶対的な威圧感に圧倒され、開発者たちはそれ以上言葉を返すことができなかった。自らの無敵を信じて疑わない魔将軍の影で、剥き出しのアナログなアンテナを持つ『ヒトマル-EX』の最終調整が、歪なまま急ピッチで進められていく。
---
ところ変わって、切り立った崖の上の開けた平地。
緑豊かな美しい森林を見下ろすその場所に、重厚な駆動音を響かせながら、漆黒の6輪車両『レヴァルト-D8』がゆっくりと移動してきた。
その周りには、トリスタン、クリストフ、ヴァレリア、そしてバレルの4人が並んでその雄姿を見守っていた。
「おい、フリント。聞こえるか?」
バレルがレヴァルトの車体に向かって話しかける。
車体から、フリントの声が少し籠もった音で響いてきた。
『はい、バレルさん! よく聞こえます。コミュニケーション(音伝導)機能、こちらの受信も問題なさそうです!』
「こっちもバッチリ聞こえてる。よし、通信系統はクリアだな」
バレルは満足そうに腕を組んで頷いた。
「――よし、フリント! 主砲のテストだ、あそこの岩肌を狙え!」
クリストフの指示が飛ぶ。
次の瞬間、ドンッ!!! と鼓膜を揺るがす轟音が炸裂した。
レヴァルト-D8の左右に据え付けられた【152mm魔導榴弾砲】が、2門同時に炎を噴く。
凄まじい衝撃波が周囲の草木をなぎ倒し、放たれた双子の砲弾は、遥か向こうに見える崖の岩肌へと吸い込まれた。
直後、激しい爆音と共に崖の一部が木っ端微塵に吹き飛んだ。立ち込める土煙と、削り取られた巨岩が谷底へと崩れ落ちていく。
「ヒュー……さすがだな。この凄まじい破壊力があれば、グライフェンのあのバケモノ戦車にも十分に対抗できそうだぜ」
クリストフが感心したように口笛を吹く。だが、その隣でバレルは「くっそう……惜しいなぁ……」と、悔しそうに頭を掻いて呟いた。
「どうかしたのか? バレル」
クリストフが尋ねると、バレルはため息混じりに肩をすくめた。
「いや、本当ならこのまま最後まで付き合って、現地で調整してやりたいんだが……。明日の朝には船に戻らなきゃいけないんだよ。どうしても外せない、大事な用事があってな」
バレルはそう言うと、背負っていたリュックを下ろし、中から風変わりな細い矢筒を取り出した。中には、たった一本だけ、美しい彫刻が施された矢が入っている。
「あ、そうだ。クリストフ、これをあんたに渡しておくよ」
「え? 矢が……1本だけか?」
手渡されたクリストフは、その軽すぎる矢筒を見て首を傾げた。
「いいから、その1本を抜いてみな」
バレルに促されるまま、クリストフが矢筒から矢を引き抜く。すると、驚いたことに、空になったはずの矢筒の奥から、カチリと小気味いい音を立てて「全く同じ新しい矢」が、下からせり出すように突き出てきた。
その矢尻には、バレルの手によって鋭く削り出された、美しい詠唱石が怪しく輝いている。
「ほう……?」
面白そうに目を細めたクリストフは、その矢を隣のトリスタンへと手渡した。
「トリスタン、ちょっと向こうの崖に射ってみろ」
「うん」
トリスタンは頷き、背中から愛用のロングボウを取り出す。バレルから贈られた魔導矢を番え、弦を目一杯に引き絞った。
シュッ――!
放たれた矢は美しい閃光の軌道を描き、寸分の狂いもなく遥か向こうの崖へと着弾した。
その瞬間、ドガァァァン!! と、先ほどのレヴァルトの砲撃にも引けを取らない凄まじい爆発が巻き起こり、頑丈な岩肌を大きく削り取った。
「す、すごい……!」
想像以上の威力に、トリスタンは思わず驚きの声を漏らす。
その時、レヴァルトのハッチが開き、中から汗を拭ったフリントが降りてきた。バレルは手際よくリュックの中身を整理し、再び背中へと背負い直す。
「その矢筒はな、『霊工技術』を応用して作った特製品だ。そう見えても、空間拡張で中に500本の魔導矢がセットされてる。……ま、今1本使ったから、残りはあと499本な。大事に使えよ、トリスタン」
バレルは驚愕するトリスタンを尻目に、クリストフの肩をポンと力強く叩いた。
「最後まで戦いを見届けられないのが本当に残念だが……俺は船に戻る。あんたたちの健闘を祈るよ」
「ああ、最高の仕事をありがとうな、バレル」
クリストフが深く、力強く頷く。
そしてバレルはフリントの元へ歩み寄ると、小さなボタンが一つだけ付いた、手のひらサイズの奇妙な機械を手渡した。
「これは……何ですか?」
「無線通信機だ。そのボタンを押せば、どんなに離れていても俺たちの飛空艇に繋がる。何かあったら、遠慮なく俺を呼びな。必ず力になってやるからさ」
フリントはその小さな機械を、壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。胸の奥から熱いものが込み上げ、視界がじんわりと滲む。
「は、はい……! バレルさん、本当に……本当に、ありがとうございました!!!」
フリントは、溢れんばかりの感謝を込めて、深々と頭を下げた。
バレルはそんなフリントを見て、にっこりと兄貴分のような優しい笑みを浮かべると、「じゃあな」と背を向け、ひらひらと手を振りながら、夕暮れの山道を軽やかな足取りで歩き去っていった。その大きな背中を見送りながら、4人と1台の絆は、さらに強く固く結ばれるのだった。




