第33話:熱狂の解体、魂の起動
「ぎぎぎぎぎ……ッ」
山の村の隠し倉庫。相変わらず重苦しい音を立てる木製の巨大な扉を、トリスタンとクリストフが二人がかりで手分けして押し開ける。
「悪いな、二人とも。毎回開けさせちゃって……」
すまながるフリントに、トリスタンは爽やかな汗を拭いながら笑って答えた。
「ううん、気にしないで。むしろ、毎回この重い扉をフリント一人で開けてたんだろ? すごいよ」
「おう! ここが例の隠し倉庫か!」
タラップを降りた時からそわそわしていたバレルが、待ちきれないといった様子で倉庫の中に足を踏み入れた。乱雑に、だが規則正しく工具が並んだ棚を見回し、その目が興奮にぎらついた。
「ぞくぞくするな……。おいフリント、どこにお目当ての『レヴァルト-D8』が眠ってるんだ?」
「こちらです!」
フリントが誇らしげにバレルを倉庫の奥へと案内する。そして、埃の被った大きな布のヴェールを、両手で一気に剥ぎ取った。
薄暗い倉庫の光の中に、威風堂々とした6輪の装輪シャシーと、その左右に突き出た2門の巨大な大砲が姿を現した。
「すごい……! 本当にこれを、君が一人で組み上げたのか!?」
バレルは目を丸くし、レヴァルトの無骨なシルエットに見惚れた。同じ技術屋だからこそ、一発で相手の力量を見抜く眼力がある。フリントが注いできた情熱と技術の高さが、バレルには一目で伝わっていた。
「でも……全然、僕の力が及ばなくて。まだ、一度も動かせないんです」
「いや、ここまで改造できてるだけでも、とんでもない技術だよ。大したもんだ」
バレルの真っ直ぐな言葉に、フリントの緊張の面持ちが少しだけ綻ぶ。そこからは、堰を切ったように、フリントがこれまでの作業の経緯と、ぶち当たっていた壁について説明し始めた。バレルは熱心にその説明に聞き入りながら、時折唸り声を上げ、丹念にレヴァルト-D8の各部をチェックしていく。
「よし……構造は分かった。一旦、こいつの車体を解体しちまおう!」
「はい!」
二人はすぐに作業着の袖をまくり、工具を手に取ってレヴァルトの心臓部を開き始めた。
倉庫の片隅で、ヴァレリアが美しく腕組みをしながら、その様子を退屈そうに眺めている。
「なんか……本格的に時間が掛かりそうね」
「そうだなあ。おいトリスタン、あいつらが一段落するまでに、俺たちは村の市場に晩飯の食材でも買いに行くか?」
クリストフの提案に、ヴァレリアが真っ先に頷いて歩き始めた。
「そうね。ここらへんは景色も良いし、ずっと埃っぽい倉庫にいるよりは気晴らしになるわ」
「フリント! ちょっと外に出てくるよ!」
トリスタンが声を掛けると、作業に没頭し始めていたフリントは、顔も上げずに「了解」とばかりに右手を小さく振った。
しばらくして、買い出しを終えた三人が倉庫に戻り、テーブルに食卓の支度を整えた。しかし、温かい食事が並び始めても、フリントとバレルの二人は一向にレヴァルトから離れようとしない。顔や手を油まみれにしながら、あちこちのパーツを巡って熱い議論を交わしている。
「まあ……こっちはこっちで先に食べてるか。そのうち、腹が減ったら勝手に来るだろ」
クリストフとヴァレリアが諦めたように椅子に着く。
「そうだね」
トリスタンも苦笑しながら頷き、三人は先にスープとパンの夕食を始めた。その間も、背後の作業場からは二人の興奮した声が響いてくる。
「おいおいフリント、お前、このシャシーに【152mm】なんてバケモノ大砲を2門も乗せたのか!? 定錨総括器がパンクするわけだ、正気の沙汰じゃねえぞ!」
「うぐっ……やっぱり無茶でしたか。上手くいくと思ったんですけど、どうにも刻印門技術が上手く連動してくれなくて……」
フリントが額ににじむ汗を腕で拭う。バレルはコンソールの中を覗き込み、ふむ、と顎を撫でた。
「定錨結晶の設計が、少し旧式だな……。見ろ、魔力を反射させる『カトプトラ(鏡)』が2枚しか入ってねえ。これじゃあ出力が足りなすぎる。この大口径の魔導榴弾砲を2門同時に回すにゃ、さすがに出力が弱すぎるんだよ」
「カトプトラ……? すみません、僕のいたプラウデンの教科書には載っていなくて……よくわからなくて」
フリントが首を傾げると、バレルは親切に指を差し込んだ。
「ここに、うっすらと板みたいなのが見えるだろ? これがカトプトラだ。結晶の内部で魔力を反射させるたびに、出力が倍々で増幅していく。そうだな……クリスタルの耐久度の限界も考慮して、こいつを【5枚】に増加しよう」
バレルは手際よく手元の詠唱石を削り、細かく研磨してカトプトラへと加工していく。それを専用の精密工具で、慎重にクリスタルへと差し込んでいった。
「よし! こいつは終わったぞ。次は……」
バレルがアンカー・クリスタルをシャシーの奥へと格納し、次のパーツに手を掛ける。
「この、定錨総括器だ。出力を上げた分、こいつできっちり流れを調整してやれば、問題はクリアできるはずだ」
バレルはプロセッサーから2枚の制御基板を取り出すと、その魔導回路を工具で慎重に変更し始めた。
「フリント、お前はもう1枚の板の回路を、この数値に書き換えてくれ」
「わかりました!」
フリントも工具を握り、バレルの指示通りに正確に回路を調整していく。息の合った作業で、2枚の板が慎重にプロセッサーの中へと戻された。
「あとは……これだ!」
バレルは、持ってきていた重いリュックの中から、見たこともない風変わりな補助装置が取り付けられた魔法電池を取り出した。
「あ! 魔法電池……! それ、ずっと欲しかったんですよ! よく手に入りましたね!?」
フリントが目を輝かせて叫ぶと、バレルはニヤリと不敵に笑った。
「ふふふ……これには、俺たちの船の少し特別な『秘密』があってな……。よし、じゃあこいつらをすべて組み立てて元に戻すぞ! 仕上げだ!」
「はいっ!」
二人の手際は、すでに熟練のコンビのようだった。次々とパーツをシャシーの最適な位置に収め、ボルトを締め、外装を元通りに組み上げていく。
そして、すべてのパーツが噛み合い、元のレヴァルトの無骨な姿を取り戻した、その時だった――。
――ブオオオォォォォンッ!!
レヴァルトの車体内部から、眩い魔力の光が漏れ出た。同時に、倉庫の床を激しく震わせるような、重厚で力強い駆動音が響き渡る。
「うおおお……っ! やった! 成功した、動いたぞ!!」
フリントは持っていた工具を放り出し、子供のようにその場で飛び跳ねて歓喜した。
「うはははは! これが古のロンカ帝国の技術、チャリオットか! この腹に響く起動音がまた、技術屋としてはたまらなく心地いいな!」
バレルも満足そうに油まみれの腕を組み、うんうんと深く頷いた。
その凄まじい音を聞きつけ、食事をしていたトリスタン、クリストフ、ヴァレリアの三人も、テーブルから弾かれたように駆け寄ってくる。
「フリント、やったな……!」
「すごいじゃない!」
薄暗かった倉庫の中に、レヴァルトの力強い脈動の音と、未来への希望を取り戻した5人の弾けるような歓声が、いつまでも、いつまでも響き渡っていた。




