第31話:空から来た人々
美しい木漏れ日が輝く森の街道を抜けると、視界が一気に開けた。そこには、爽やかな風が吹き抜ける、豊かな緑がどこまでも広がる野原の街道が続いていた。
「でも……ここら辺は、ずいぶんと景色が綺麗ね。そこだけは、気に入ってあげてもいいわ」
ヴァレリアは風に揺れる見事な金髪を軽くかき上げ、相変わらず素直ではないものの、心なしか穏やかな感想を口にした。
「いやあ、それにしても運が良かったな。たまたまこの近くにプリコーグの村があって……」
並んで歩いていたクリストフが、しみじみと呟く。トリスタンが歩調を合わせ、師匠の顔を覗き込んだ。
「え? クリストフ、ここからそんなに近いの?」
「まあな」クリストフは悪戯っぽく笑って続けた。「ここら辺はなぁ、昔はなんにもない、ただっ広いだけの不毛な土地が広がってただけだったんだが……数年前に、突如として大量の移民がやってきてな。あっという間に新しい村ができちまったんだよ」
「大量の移民……? その人たちは、一体どこから来たの?」
トリスタンが不思議そうに尋ねると、クリストフはにやりと意味深な笑みを浮かべ、少し声を潜めた。
「どこから来たのかは、俺も詳しくは知らん。だがな……そいつらは、大きな『飛空艇』に乗って、空からやって来たんだ」
「ひ……飛空艇っ!?」
その言葉に、それまで神妙に歩いていたフリントが、ひっくり返ったような素っ頓狂な声をあげて足を止めた。
「そうだ」クリストフはフリントの反応を見て、ニヤニヤと楽しそうに頷く。
「そ、そんな馬鹿な! あの技術はとっくに失われているはずだ! 現代の技術で再現できるわけが……!」
「それが、現にあるんだよ」
興奮するフリントの言葉を遮るように、クリストフははっきりと言い切った。
「この目で何度も見てるからな。巨大な船が実際にここへ着陸して、また静かに飛び立って、雲の向こうへ消えていくところまで、な」
クリストフの確信に満ちた言葉を聞いて、フリントはドクドクと高鳴る鼓動を抑えきれなくなり、その瞳に強烈な輝きを宿した。もしそれが本当なら、レヴァルトを動かすための、そしてグライフェンに対抗するための最大の鍵が手に入るかもしれない。
「良かったね、フリント……!」
トリスタンが隣で優しくフリントの肩を叩く。フリントは何度も頷きながらも、まだ信じられないといった様子でクリストフに問いかけた。
「でも、クリストフさん。どうしてそんなことを、あなたが知っているんですか?」
「ん? ああ……そいつらがここに新しい移住の地を作るって言い出した時、色々と人手が足りなくてな。俺が所属してる魔法教会からも、大勢の戦力が開拓の手伝いとして駆り出されたんだよ。俺たちも、こう見えて普段から殺し合いばかりしてるわけじゃない。そういう平和な仕事も、少しはやってるんだぜ」
「じゃあ、クリストフさんたちもその村づくりを手伝ったってことですか?」
「そういうことだ。主に土木工事だの、資材運びだのの力仕事だがな。……おっと、噂をすれば見えてきたぞ。あれだ!」
クリストフが大きな手を伸ばし、前方のなだらかな丘の先を指さした。
その視線の先、広大な平野のあちこちに、新しくも温かみのある木造の民家が点在し、青々とした畑がどこまでも広がる、絵画のように穏やかな村の情景が目に飛び込んできた。
「おーい! ゴドリック――っ!」
村の入り口に近い畑に入ると、クリストフが泥にまみれて鍬を振るっていた一人の男に向かって、大声で手を振った。
声をかけられた男――ゴドリックは、額の汗を拭いながら鍬を地面に置き、声のする方へと顔を向けた。クリストフの姿を認めた瞬間、彼の顔がパッと明るくなる。
「おう! クリストフじゃないか! 来てくれたのか!」
ゴドリックは弾かれたように駆け寄ってくると、クリストフと力強く腕を交わし、互いの肩を激しく抱き合った。
「元気にしてたのかよ、おい!」
「ああ、そっちこそ相変わらず良い体格してやがるな!」
上機嫌に笑い合う二人のもとへ、向こうの民家の方から、赤ちゃんを背負った一人の若い女性がにこやかに近づいてきた。それを見たクリストフが、驚きに目を見張る。
「エイダさん! ――おいおい、もしかして子供が生まれたのか!?」
「ええ。主人がいつもお世話になっております」
エイダと呼ばれた女性は優しく微笑み、背中を少し傾けて見せた。
「娘のミアよ。可愛いでしょ?」
母親の背中で、小さな赤ちゃんが周囲の騒がしさにも気付かず、すやすやと気持ちよさそうに愛らしい寝息を立てていた。その平和な光景に、トリスタンたちも自然と笑みをこぼす。
再会の喜びがひと段落したところで、クリストフは少し申し訳なさそうな顔になり、ゴドリックの目を見つめた。
「ゴドリック……実はな、ちょっと精霊工学の関係で困り事があって、お前さんの知恵を借りに来たんだ。お前、そういうの詳しかったよな?」
「いや、気持ちはありがたいんだがな、クリストフ」ゴドリックは苦笑いしながら自分の頭をがしがしと掻いた。「あいにく、俺もそういう小難しい技術はチンプンカンプンなんだよ。力仕事ならいくらでも手伝えるんだが……」
ゴドリックはすぐに、ポンと手を叩いて見せた。
「あ、そうだ! ちょうど明日、あの飛空艇がこの村へ物資を運びにやってくる予定なんだ。そういう技術的な話なら、バレルさんに相談するのが一番いい。後で俺から村の長老に伝えて、話を通しておいてやるよ」
「本当か!? 悪いなゴドリック、いつも世話になっちまって」
「なあに、水くさいことを言うなよ、仲間だろ!」
ゴドリックはクリストフの背中を豪快に叩くと、トリスタン、フリント、そしてヴァレリアへと視線を向け、白い歯を見せて笑った。
「今夜は当然、俺の家に泊まっていくんだろ? 遠慮なんてするなよ! そっちの連れの方々も、みんな一緒に、な?」
「ああ、ありがたく甘えさせてもらうよ」
クリストフが応じる。
豊かな緑がどこまでも広がり、爽やかな風が吹き抜けるプリコーグの村は、そこに暮らす人々の、どこまでも暖かく優しい空気に包まれていた。明日の飛空艇の到来に胸を躍らせながら、4人は静かに村の奥へと歩みを進めていくのだった。




