第30話:対空の遺産「レヴァルト」
崖沿いの険しい山道は、なおも延々と続いていた。だが、息を切らしながら進むトリスタンたちの目の前には、ただ過酷なだけでなく、普段の穏やかな平地では決して拝めないような澄んだ空気と、胸のすくような絶景が広がっていた。はるか眼下に雲海を見下ろしながら、4人は一歩一歩、確実に行路を進めていく。
やがて、険しい岩肌が途切れ、青々とした木々が生い茂る緑豊かな山道へと出た。
そこはまた、生い茂る葉の隙間から柔らかな木漏れ日が幾筋も差し込む、神秘的で美しい光の道だった。これまでの緊迫感が嘘のように、静謐な空気が一同を包み込む。
その美しい木々のトンネルを抜けた先で、フリントを先頭にした4人は、ひっそりと木々に囲まれた、静かで小さな村へと辿り着いた。
「よし、着いたぞ。……ぎぎぎ……っ」
フリントが、村のはずれにぽつんと佇む巨大な倉庫の、古びた大きな木製の扉に手をかけた。あまりの重さにフリントの身体が震えるのを見て、トリスタンとクリストフも反射的に隣へ並び、扉を開けるのに手を貸した。
重苦しい音を立てて扉が開く。
「ふう……しかし、くそ重い扉だな。一人でも開けられないことはないが、腰がイカれそうだぜ」
クリストフが腕の筋肉をさすりながら、呆れたように呟く。
トリスタンはその横を通り抜け、驚きに目を見張りながらキョロキョロと辺りを見渡した。
「フリント……ここは?」
倉庫の中には、天井に届きそうなほど背の高い棚がいくつも並んでいた。そこには、見たこともない奇妙な工具や様々な形状の金属部品、さらには何が書かれているのかも分からないような本や設計図が、所狭しと無造作に積み上げられている。
「いまは、ここに住まわせてもらっているんだよ」
フリントは苦笑いしながら言うと、中央のテーブルの上に散らかっていた大きなスパナやボルトを、ガシャガシャと音を立てて近くの棚の上へ無造作に放り投げた。
「ごめんな、散らかり放題で。……とりあえず、そこに座ってくれ」
片付けられた木製のテーブルには、ちょうど4つの椅子が置かれていた。
「別に気を使わなくていいぞ。こちとら旅の身だからな」
クリストフが豪快に笑って真っ先に椅子を引き、トリスタンと、相変わらず不機嫌そうな顔でツンと澄ましているヴァレリアもそれに続いて腰を掛けた。
「この村の農夫から譲り受けたんだ。こんなでっかい倉庫、今は使う用事がないからってな。だからその代わりに、馬の蹄鉄とか、馬車の車輪とか……村の何か壊れた道具を直したりして、なんとか生計を立ててるんだよ」
そう説明しながら、フリントもようやく椅子に腰を掛けた。トリスタンは倉庫のあちこちを興味深そうに眺めながら、感心したように声を弾ませる。
「へぇ……さすがフリントだ。プラウデンがあんなことになっても、しっかり自分の力で頑張って生きてるじゃん」
「いや、ほとんど村の人たちの厚意に生かされてるようなもんだよ」
フリントは照れくさそうに頭を掻いたあと、不意に真剣な面持ちになってトリスタンを真っ直ぐに見つめた。
「トリスタン。お前に、どうしても見せたいものがあるんだ」
「え? なんだい?」
トリスタンが首を傾げると、フリントは何も言わずに立ち上がり、薄暗い倉庫のさらに奥へと歩みを進めた。トリスタンも釣られるように立ち上がり、親友の後を付いていく。
倉庫の一番奥、広大なスペースの中央には、埃を被った大きな灰色の布で隠された、何か巨大な物体が鎮座していた。フリントがその布の端を両手で掴み、気合を入れる。
「バサッ!」
豪快な音を立てて、フリントが埃を舞い上げながら一気に布を叩き外した。
次の瞬間、布の下から、2本の巨大な大砲を天へと向けた、強固な6輪の鋼鉄車両がその圧倒的な姿を現した。
「レヴァルト-D8(ディーエイト)……」
フリントが、愛おしそうに、そしてどこか誇らしげにその車両の名を呼んだ。
トリスタンはその鋼鉄の質量に圧倒され、目をこれ以上ないほど輝かせて大興奮の声をあげる。
「す……すごい!! これ、チャリオットだよね!?」
「ああ。古のロンカ帝国が開発した、対空用の後期モデルだ」
フリントはおもむろに歩み寄り、レヴァルトの冷たいシャシーへと優しく手を触れた。
「その昔、ロンカ帝国は空から襲来するドラゴンの軍勢に激しく攻め立てられた。その脅威に対抗するため、技術者たちが総力を挙げて開発した対空兵器が、この『レヴァルト』シリーズだ。……まぁ、後期のロンカ王国はほどなくしてドラゴンたちに本拠地まで追い詰められちまったから、このレヴァルトが実戦で大活躍する場面は少なかったらしいけどな」
フリントは自嘲気味に微笑み、車両の側面を叩いた。
「皮肉なもんでさ、実戦で使われなかった未配備の車両が、歴史の闇に意外とそのまま残っててね。今でもこのシャシーは、他のモデルに比べれば比較的見つかりやすいんだ」
「それで……」
いつの間にか二人の後ろに立っていたクリストフが、腕を組みながらレヴァルトの巨体を顎で指した。
「こいつは、今すぐ動かせるのか?」
「そこなんだよな……」
フリントは途端に表情を曇らせ、がしがしと派手に頭を掻いた。
「本来は対空用の連射機銃(機関砲)が2門装備されてる代物なんだけど、それは壊れてたから外して、俺の手で大砲2門に付け替えた。シャシーとしての修復にはかなりのレベルで成功したんだ。でも……」
フリントはレヴァルトの心臓部にあたるハッチを叩き、深いため息を吐いた。
「心臓部である『定錨結晶』と、制御盤の『定錨総括器』の出力がどうしても安定しなくてさ。それに何より、いまは世界的な魔法電池不足だ。こいつを起動させようにも、必要な魔力を確保する手段がどこにもない。問題が多すぎて、完全に頓挫してるんだよ……」
力なく肩を落とし、トリスタンの方を見るフリント。
その技術的な悩みに、クリストフは顎に手を当てて唸った。
「うーん……俺は精霊工学とかそっち方面はからっきしだからな……」
クリストフは視線を巡らせ、退屈そうに爪を眺めていたヴァレリアを見た。
「お前……何かこの手の話で、知ってることでもあるか?」
「ふん、私に分かるわけないじゃない、こんな鉄の塊の理屈なんて。魔力の無駄遣いだわ」
ヴァレリアはそっぽを向いて吐き捨てる。
「そうだよな……」と、クリストフは苦笑しながら、今度は倉庫の天井を見上げた。
「だが、精霊工学、か。……なぁ、あそこに一か八か行ってみるかぁ……?」
「え? 何か当てがあるの、クリストフ?」
トリスタンが弾かれたようにクリストフを見つめる。クリストフは少し躊躇うような表情を見せながらも、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「プリコーグ……という、少し不思議な隠れ里のような村があってな。そこには、一般的な精霊術とは違う、何か独自の霊術とか霊工とか、そういう特殊な技術が伝わっている場所なんだ。それが、お前たちの言う『精霊工学』に繋がるか、役に立つ代物かどうかは、俺にはさっぱりわからないけどな」
そう言うクリストフの顔には、少しの不安が混じっていた。
しかし、その言葉に真っ先に食いついたのはフリントだった。
「でも、行ってみましょう!」
フリントは目を輝かせ、クリストフに詰め寄った。
「もしかしたら、その独自の技術が、何かのヒントになるかもしれない……! 魔法電池に代わる魔力源のアイデアだって、何か掴めるかもしれない!」
「そうだ! クリストフ、そこに行こう!」
トリスタンもフリントの隣に並び、力強い目で師匠を見つめる。
熱い二人の視線を受け、クリストフは豪快に笑って肩をすくめた。
「そうか、決まりだな! じゃあ、俺がそのプリコーグの村まで案内してやるよ。それでいいな? みんな? よし、それじゃあ出発だ!」
「レヴァルト-D8」という、未完成の希望を倉庫に残し、クリストフを先頭にした4人は次なる目的地「プリコーグ」を目指して、大きな倉庫の扉を後にした。木漏れ日の差し込む美しい山道へ、彼らの新しい一歩が力強く踏み出されていった。




