第29話:再会、そして這い上がる牙
埃が厚く降り積もる、薄暗い迷宮のような地下通路。その先頭を、迷いのない足取りで誘導していくフリントの背中を、トリスタンはただ見つめていた。
『出会いと別れの酒場』を出てから、幾度となく夢に見た親友の姿。しかし、いざこうして叶った再会は、あまりにも過酷で、あまりにも多くの謎に満ちていた。
(こんな形で再会することになるとは……)
トリスタンは言葉にできない複雑な心境を胸の奥に秘めながら、ただ友の後に続いて、暗がりの斜面を登っていった。
不意に、頭上で鈍い摩擦音が響いた。
たどり着いたのは、寂れてボロボロになった小さな小屋の床下だった。古びた床板の一つが乱暴に外され、そこから眩しい光が差し込む。
「ぷはぁっ!」
埃まみれの床下から、飢えたように新鮮な空気を吸い込みながら、フリントが這いだしてきた。続いてトリスタン、クリストフ、そして不機嫌さを隠そうともしないヴァレリアが、ぞろぞろと狭い床下から這い上がってくる。
「ふう……とんだ大立ち回りだったぜ。とてつもない目に遭ったな……」
大剣を傍らに置き、クリストフが小屋の埃っぽい床にどさりと寝転がって深い溜息を吐き出した。
その隣で、ヴァレリアが自身の両手を見つめながら、怒りと戦慄を孕んだ声を震わせる。
「何なの、あれは……! 私の『黄金の光』が一切通用しないなんて……あり得ないわ!」
誇り高き彼女のプライドを、あの鉄の怪物は容易く踏みにじった。その悔しさに満ちた呟きに、煤まみれの顔を拭ったフリントが、静かに、だが重々しく答えた。
「――チャリオットだよ」
その単語が響いた瞬間、トリスタンの胸に緊張が走った。かつてフリントから聞いたことのある、プラウデンが誇る精霊工学の結晶。
「あ……あれが、チャリオット……。じゃあ、あれは魔将軍に奪われちゃったの?」
トリスタンの問いに、フリントは苦痛を堪えるように視線を落とした。
「ああ、そうだ。奴らに『青本』を奪われちまったからな……。それに、プラウデンの技術者たちも全員、捕虜として連れ去られた」
フリントは一度言葉を切り、小屋の隙間から見える、かつての故郷の方向へと視線を向けた。その瞳に、激しい悔恨の情が宿る。
「あのプラウデンに建てられた、鋼鉄の要塞……あの中で、捕らえられた奴らが無理やりチャリオットの研究開発をさせられてるみたいだ。グライフェンの兵器として、な……」
無力感に苛まれるように、フリントが拳を痛々しいほど強く握りしめる。
緊迫した空気が小屋を満たす中、床に寝転がっていたクリストフが身を起こし、フリントを真っ直ぐに見据えた。
「なぁ、話が立て込んでいるところを申し訳ないが……お前さんは一体誰なんだ?」
トリスタンが慌てて二人の間に割って入る。「クリストフ、彼が僕の親友のフリントだよ」
そう言ってから、今度はフリントの方を振り返った。
「フリント、この人が旅の途中で僕を弟子にしてくれた、剣の師匠のクリストフだ」
「お前が、あのフリントか! 命拾いしたぜ、助けてくれてありがとうな!」
クリストフは快活に笑うと、大きな、傷だらけの手を差し出した。
フリントは一瞬その迫力に圧倒されながらも、どこか安心したように微笑み、その手をしっかりと握り返した。
「初めまして……何か、すごく頼もしそうな人ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
「それで、そっちの方は?」
クリストフの視線を追って、フリントがヴァレリアに目を向ける。
ヴァレリアは腕を組んだまま、フリントを鋭く睨みつけた。
「私はヴァレリアよ。挨拶なんてどうでもいいわ。それより、さっき言った『チャリオット』って何なの? 」
詰め寄るヴァレリアの視線をいなすように、フリントはトリスタンへと向き直った。その表情には、暗い影が落とされている。
「トリスタン……ごめんな。お前が、せっかくここまで来てくれたってのに。今の俺は……まだ、お前と約束した『本当のチーム』を作れそうにないよ」
自嘲気味に俯く親友の肩を、トリスタンは強く掴んだ。
「そんなことないよ! こうして生きて、やっと会えた。絶体絶命のピンチで君が僕らを助けてくれた……それだけで、僕たちが本物のチームだって何よりの証拠だよ!」
真っ直ぐな、一点の曇りもないトリスタンの瞳が、フリントの心を射抜く。
その熱に気圧されたようにフリントが立ち尽くしていると、クリストフが顎をさすりながら、新たな疑問を投げかけた。
「しかしフリント、お前さんは何であんな危険な場所に居たんだ? 一歩間違えれば、あの怪物の餌食だったぞ」
「……敵情視察って奴かな。この地下に張り巡らされた古い通路を使って、要塞の情報を集めてたんだ。けど、今日で奴らに通路の存在が見つかっちまった。もう、しばらくはあそこには近づけないよ」
「すまん……俺たちが派手に巻き込んだせいか」
クリストフがすまなそうに頭を下げると、フリントは慌てて両手を振った。
「そ、そんな! 頭を上げてください、クリストフさん! どっちにしろ、情報を集めたところで、俺一人の力じゃろくな成果も得られてなかったんですから……」
弱気な言葉を吐くフリント。だが、トリスタンは知っていた。彼の目が、まだ諦めてなどいないことを。
「……なんか、フリントらしくないよ。そんなこと言っても、君のことだ。本当は、もう何か『次の考え』があるんだろ?」
トリスタンにじっと見つめられ、フリントは観念したように小さく息を吐き、苦笑いを浮かべた。
「見抜かれてるな……。考えてることは、確かにあるんだ。ただ……色々とな、条件が難しすぎて、完全に頓挫してるんだよ」
「僕が協力するよ」
トリスタンは一歩踏み出し、真剣な眼差しで親友の目を見つめた。
「君の助けになりたくて、ここまで来たんだ。難しくたって関係ない。僕たちは、チームだろ?」
「トリスタン……」
フリントの胸の奥で、燻っていた火が再び灯るのが分かった。彼は力強く頷くと、腰の工具袋を叩いた。
「そうだな……。よし、お前たちに俺の『すべて』を見せる。付いてきてくれるか?」
トリスタンとクリストフは、迷うことなく力強く頷いた。ヴァレリアもフンと鼻を鳴らし、足を進める。
「じゃあ、ここからは足場が悪いから、気を付けて付いてきてくれ」
フリントが小屋の反対側の重い扉を開けると、そこには眩しい外光と共に、切り立った断崖絶壁の世界が広がっていた。崖の側面にへばりつくように、細く、頼りない獣道が遥か先へと続いている。
一歩踏み外せば谷底へ真っ逆さまの険しい道を、フリントは慎重に、だが確かな足取りで進み始めた。その後ろを、互いの信頼を胸に抱いた3人が、しっかりと付いていくのだった。




