第28話:鋼鉄の蹂躙者と、地底からの救世主
木々が生い茂る緑の街道を抜けると、風景は一変した。岩肌が剥き出しになり、鋭利な崖が幾重にも切り立つ、荒涼とした山岳地帯。乾いた風が吹き抜ける不毛の岩道を、三人はひたすら突き進んでいた。
さらに険しい斜面を登り詰めると、突如として、古の遺跡を思わせる大規模な石造りの街並みが目の前に広がった。
一歩その町に足を踏み入れると、かつては美しく整備されていたであろう石畳や、精巧な装飾が施された石造りの建造物が整然と並んでいた。精霊工学の粋を集めた、極めて先進的な文明の風景――その輝かしい面影が、そこかしこに残されている。
しかし、今のプラウデンは、崩れ落ちた廃墟が延々と連なり、自慢の石畳は無残にひび割れた「死の街」と化していた。
「ここが……プラウデンだけど……」
ヴァレリアが足を止め、何か手がかりがないかと、油断のない目でキョロキョロと周囲を見回した。
「人の気配は全くしないね。でも、確かにここが精霊工学の盛んな町だったって言われれば、そんな感じはする……かな?」
トリスタンが、かつての工場の煙突を見上げながらぽつりと呟く。
三人が静まり返った通りを歩いていると、時折、崩れた廃墟の奥から「ピカリ」と、何かが反射するような奇妙な光が不気味に輝いた。
「おい、あれを見ろ」
クリストフが鋭く目を細め、通りの突き当たりを指さした。その指の先には、崩壊した街並みにはあまりにも不釣り合いな、鈍い金属光沢を放つ鋼鉄の壁――さながら要塞のような異様な建物がそびえ立っていた。
ギチギチギチ、きゅらきゅらきゅら……。
不意に、地を這うような不気味な金属の摩擦音が、静寂の街に響き渡った。重い質量が地面を削りながら、確実にこちらへ近づいてくる音。
直後、通りの向こうの曲がり角から、漆黒の鉄板で覆われた、見たこともない「無限軌道」の巨大な車両が姿を現した。車両の頭頂部に据えられた無骨で大きな砲台が、ギギギ、と油の切れた音を立ててゆっくりと回転し、真っ直ぐにトリスタンたちへと銃口を向けてくる。
「――危ないッ!!」
クリストフが叫んだ次の瞬間、鼓膜を引き裂くような爆音と共に、砲台から破壊の光弾が発射された。
ドガァァァァンッ!!
一瞬にして、三人が先ほどまでいた場所の背後にあった頑丈な石壁が、跡形もなく粉々に吹き飛ぶ。
「うわっとぉ!?」
三人は咄嗟に、左右の地面へと激しく身を投げ出し、直撃を間一髪で免れた。
「なんだ、ありゃあ!?」
クリストフが頭に積もった破片を払い落とし、よろよろと立ち上がる。
「立て、トリスタン! ヴァレリア! 逃げるぞッ!」
標的がまだ生きていることを感知した車両の砲台が、再び不気味に回り始める。三人はすぐさま跳ね起き、猛然と廃墟の通路を駆け出した。
背後で轟く連続した爆音。容赦なく降り注ぐ瓦礫の雨と、視界を覆い尽くすほどの白い砂煙。
「こっちだ!」
クリストフの先導で、三人は崩れかけの建物の裏側、辛うじて砲撃が届かないであろう、高い壁に囲まれた細い死角(袋小路)へと滑り込んだ。
「ハァ、ハァ……! 手がかりを探す必要があるどころか……いきなり殺す気満々じゃねえかよ!」
壁に背を預けたクリストフが、荒い息を吐きながら忌々しげに叫んだ。
「私に八つ当たりしないでよッ!!」
お気に入りの黒いドレスを灰まみれにされたヴァレリアが、見たこともないような怒号を響かせてクリストフを睨みつける。
だが、言い合いをする時間すら、敵は与えてくれなかった。
ズドォォォォンッ!!
次の瞬間、三人の目の前にあった分厚い石壁の一面が、凄まじい衝撃と共に内側へ向かって崩れ落ちた。
「うわあぁぁっ!」
爆風に押されながら、三人が同時に後ろへと飛びのく。
もうもうと立ち込める煙の奥から、ゆっくりと、あの無限軌道の鋼鉄車両がその凶悪な面構えを覗かせた。壁に囲まれた完全な袋小路。逃げ場のないゼロ距離で、巨大な砲台が、冷酷に彼らをロックオンする。
その時、車両の上部にある鉄のハッチが勢いよく開き、中から屈強で、巨大な男の人影が顔を出した。その目は冷徹な光を宿し、人間を見下すような傲慢さに満ちている。
「――グライフェン……」
ヴァレリアが、その男の名を忌々しげに呟いた。
「ネズミどもが、小賢しい」
魔将軍グライフェンが冷酷に口を開くと、その喉の奥に、渦巻く灼熱の炎が凄まじい密度で集束していく。
だが、その絶対的な絶望の瞬間――トリスタンとヴァレリアの身体が、本能的な防衛反応のように、眩い【黄金の光】で同時に包み込まれた。
「消え失せろ!」
グライフェンが喉から放ったのは、すべてを融解させる灼熱の業火だった。激しい炎の津波が狭い袋小路を埋め尽くしたが、二人が展開した黄金の障壁に激突し、激しく左右へと弾かれていく。トリスタンは自身の光を広げ、背後にいるクリストフを必死に庇い続けた。
轟々と燃え盛る炎の中、グライフェンは全く動じることなく、目を細めて障壁を観察していた。
「……なるほど。やはり、これではあの光は突破できんか。だが――」
グライフェンはそれだけ言うと、あっさりと車両の中へと戻り、内側から重々しい鉄のハッチを固く閉ざしてしまった。
「逃がすもんですか……!」
ヴァレリアが鋭い眼光で両手を激しく突き出し、黄金の光線を解き放った。光の奔流が鋼鉄の車両を完全に包み込み、空間ごと消し去るかのように激しく明滅する。
やがて、トリスタンとヴァレリアの光が限界を迎えてふっと消え去った。
しかし、そこにいたのは、完全に【無傷】のまま鎮座する鋼鉄の車両だった。ヴァレリアの「黄金の光」は、その装甲にすべて遮断され、完全に無力化されていたのだ。
何事もなかったかのように、車両がギチギチと無限軌道を駆動させ、再び前進を始める。
「なっ……光が、効いてない……!?」
トリスタンが絶望に目を見開いた、その時だった。
三人が立っていた足元の石畳の一枚が、ガタガタと不自然にズレた。
「――トリスタン! こっちだ、早くッ!!」
突如として足元の穴の中から響いた声に、トリスタンはハッと息を呑み、驚愕の表情を浮かべた。その声は、夢にまで見た、忘れもしない親友のものだったからだ。
「フリント……!? 君、フリントなの!?」
「いいから、早く飛び込め!!」
迷っている暇はなかった。迫り来る鋼鉄の怪物を前に、クリストフがトリスタンの襟首を掴み、ヴァレリアと共に石畳が開いた暗い地下の穴へと激しく飛び込んだ。
直後、彼らがいた穴の真上で、チャリオットの砲撃によるものか、物凄い地鳴りと爆音が炸裂した。
ズガァァァァン!!!
「げほっ、げほぉっ……!」
狭い地下の穴の中に、崩落した天井からの大量の土砂と、凄まじい砂埃が容赦なく降ってきて周囲を充満させる。
「こっちだ、急いで! まだ完全に撒けたわけじゃない!」
薄暗い地下通路の中、衣服を泥だらけにしたフリントが、口元を衣服の袖で押さえながら、必死に三人を手招きして先導する。
フリントの決死の救出作戦によって、間一髪で生と死の境界線を駆け抜けた三人は、激しく咳き込みながらも、暗く狭い地底の迷宮を、命からがら奥へと進んでいくのだった。




