第25話:燃え盛る収容所、そしてもう一つの光
ブランゼル王国の捕虜収容所。その硬質な石壁に囲まれた中庭は今、武器を取り戻した捕虜たちの濁流によって、大混戦の戦場と化していた。
「逃がすな! 一人残らず叩き潰せ!」
ブランゼル王国の兵士たちもまた、最終防衛線を死守すべく必死に応戦し、金属音と怒号が激しく交錯する。
そんな大乱戦の中、圧倒的な連携で向かってくる敵兵を次々と斬り捨て、ついに門の外へと一番乗りで飛び出す二人の影があった。カイルとゼオンだ。
「これ以上は、外に出させるかァッ!」
門の上にある見張り台からそれを見ていた王国の兵士が、顔を真っ赤にして巨大なレバーに手を掛け、力任せに引き倒した。
ギギギギ、と嫌な音を立てて、頑丈な鉄の門が急速に閉まり始めていく。
「く……そっ、閉まるぞ!」
トリスタンは、走りながら咄嗟に見張り台の兵士へ向けて弓を引き絞り、放った。
ヒュッ、ドスッ!
「ぐはっ!?」
矢は見張り台の兵士の胸を正確に射抜き、男はレバーを離してそのまま高所から地面へと真っ逆さまに転がり落ちた。しかし、一度噛み合った歯車は止まらず、鉄の扉は完全に閉まりきってしまう。
「扉が開かないよ、クリストフ!」
「防壁の操作盤が生きてるはずだ! おそらく、上にレバーかスイッチがある! あそこへ登るぞ!」
クリストフの指示で、二人は見張り台へと続く鉄の梯子を猛烈な勢いで駆け登っていった。
一方、門の外へと出たカイルとゼオンの前に、最悪の影が立ちはだかっていた。
地鳴りのような足音と共に、数十人の精鋭兵を引き連れた一人の男が、ゆっくりと歩いてくる。白手袋を嵌め、眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせる男――この収容所の絶対的な支配者、魔将軍ガルテンであった。
「ふん……私の留守中に、ずいぶんと汚いネズミどもが入り込んだようだな」
ガルテンは、まるで自慢の箱庭を荒らされた園芸家のように、酷く不快そうな冷徹な目でカイルとゼオンを見下ろした。
「まずい、魔将軍だ!」
その様子を見張り台の上から目撃したクリストフが、慌てて奥にある巨大な解除レバーを見つけ、渾身の力で引き倒す。
ガガガガガッ!
重い金属音が響き、大きな鉄の門を開く歯車が、音を立ててゆっくりと再び回り始めた。
「ええ!? ヴァ、ヴァレリア! 何でそこに……!?」
その時、操作盤の隣にいたトリスタンが、驚愕の声を上げて見張り台の端へと飛び退いた。
いつの間にか門の真下――カイルとゼオンのすぐ後ろに、あの不敵な笑みを浮かべた黒いドレスの美女、ヴァレリアが静かに佇んでいたのだ。彼女は、ただガルテンをじっと見つめている。
「無駄な足掻きを。全員、ここで私の家畜に戻してやろう」
ガルテンが冷酷に口を開くと、その喉の奥に、禍々しい紫黒の火炎が渦巻き始めた。
「させるかよぉッ!!」
その尋常ならざる気配を察知したゼオンが、一歩前に踏み出し、大きく口を開いた。彼の喉の奥で、激しい火花がバチバチと飛び散る。
次の瞬間、二人の口から同時に、世界を焼き尽くすような灼熱のブレスが放たれた!
ドゴォォォォンッ!!!
ガルテンの紫黒の業火と、ゼオンの紅蓮の炎が空間の真ん中で激突し、凄絶な爆風が戦場を覆う。二つの炎は互いを相殺しようと激しく鬩ぎ合ったが――魔将軍の業火は、ゼオンのそれを遥かに凌駕していた。
ガルテンの業火が勢いを増し、次第にゼオンの炎を押し戻し、彼を飲み込もうと迫る。
「危ない! ゼオンッ!」
「くっ……!」
咄嗟にカイルがゼオンの身体を横抱きにするようにして、横の生い茂る草むらへと大きく飛び退いた。
二人が間一髪で回避した瞬間、ゼオンのブレスという堰を失ったガルテンの強大なブレスが、遮るもののない直線上――その後ろに立っていたヴァレリアに向かって、猛然と襲いかかった。
「ヴァレリア!!」
見張り台からトリスタンが悲鳴のような声を上げた、その瞬間だった。
ドクン、と世界が脈動した。
激しい炎に包まれる直前、ヴァレリアの身体から、目を開けていられないほどの圧倒的な【黄金の光】が爆発的に解き放たれたのだ。その神聖な光の障壁は、迫り来るガルテンの業火を、まるで紙切れのように容易く左右へと弾き飛ばした。
「な……な、何で!?」
見張り台の上で、トリスタンは驚愕のあまり目を見開いた。あの光は、自分が魔将軍を倒した時に目覚めた、自分だけの能力のはずだ。なぜ、数時間前に出会ったばかりの女が、同じ黄金の光を放っているのか。
「何だ……? ヴァレリア……貴様、なぜそこにいる? これは、裏切りか!?」
魔将軍ガルテンの顔に、初めて明確な狼狽と鋭い殺気が宿る。
しかし、黄金の光を全身から立ち昇らせるヴァレリアは、ただ涼しげに、妖しく微笑むだけだった。
「ふふふ……裏切り? そんな安っぽい言葉で片付けないで頂戴。これはね……」
ヴァレリアはガルテンに向けて、白く細い両手をそっと突き出した。
「――『サバイバル』よ」
「や、やめろ……! やめろぉぉッ!!」
ガルテンの顔が、見たこともないほどの恐怖に歪む。
次の瞬間、ヴァレリアの手から放たれたのは、まばゆく輝く黄金の光だった。光は一瞬でガルテンの巨躯を包み込み、その存在を内側から消滅させるように激しく明滅した。
やがて……眩い光がゆっくりと収まると、そこには、全身を完全に焼きただれさせ、物言わぬ肉塊となった魔将軍ガルテンの無残な遺体が転がっていた。
「ま、魔将軍ガルテン様が……! 何でヴァレリア様が、こんなことを……!?」
同行していた王国の精鋭兵たちは、絶対的な支配者のあまりにもあっけない死を目の当たりにし、完全にパニックに陥った。
「ここは、一旦退却だ! 退け、退けぇい!」
蜘蛛の子を散らすように、ブランゼル王国の兵士たちは一斉に逃げ帰っていった。
「一体、どうなってやがる……」
それを見張り台から一部始終見ていたクリストフもまた、冷や汗を流しながら、深い困惑の表情を浮かべて固まっていた。
やがて、完全に全開となった鉄の扉から、中庭の敵を全滅させた捕虜たちの群れが、勝利の歓声を上げながら続々と門の外へと溢れ出ていく。
遅れて見張り台から降りてきたクリストフとトリスタンが、地面に座り込むカイルとゼオンのもとへと駆け寄った。
「大丈夫か、お前ら!?」
クリストフが声を掛けると、カイルは泥を払いながら立ち上がり、ゼオンを支えて深く頷いた。
「ああ、俺たちは大丈夫だ。……それより……」
カイルの視線が、平然と佇む黒いドレスの女性へと向く。
「ヴァレリア……君は、一体……何者なんだ?」
トリスタンは、自身の胸の奥で疼く「血の共鳴」のような感覚を覚えながら、正面の美しい女性をじっと見つめた。
「今はそんなこと、後回しよ」
ヴァレリアはトリスタンの追及を、まるで風をあしらうように涼やかな表情で遮った。
「向こうの丘で、フィンが待っているわ。まずはそこに行きましょう?」
ヴァレリアはそれだけ言うと、何事もなかったかのように、しなやかな足取りで小高い丘の斜面を登り始めた。
カイルとゼオン、そして互いに顔を見合わせたクリストフとトリスタンも、多くの謎を抱えたまま、彼女の細い背中を追って歩き始めるのであった。




