第24話:収容所への侵入、そして不滅の絆
小高い丘の上、草むらに身を潜めながら、頑丈で高い石壁に囲まれたブランゼル王国の捕虜収容所を見下ろしている五人の影があった。厳重に巡らされた鉄条網と、冷徹にそびえ立つ見張り塔が、一度入れば二度と出られない「奈落の庭」の禍々しさを物語っている。
「あそこよ……。あなたたちの目的地は」
隣に立つヴァレリアが、長い指先で収容所を指さし、その不敵な唇を妖しく歪めて微笑んだ。
「……しっかし、地図も持っていないのに、よく迷いもせずここが分かりましたね?」
隣にいたフィンが、冷ややかな水色の瞳をヴァレリアに向け、静かに疑問を口にした。
「普通の旅人が知るはずのない場所だ。一体、何者なんですか、ヴァレリアさん?」
その鋭い追及に、ヴァレリアは表情を一切変えず、ただ冷酷な目でフィンを睨みつけた。
「今はそんなこと、どうでもいいでしょう。それとも、お友達を助けるのをやめて、私の素性調べでも始めるかしら?」
「くっ……」
フィンが言葉を詰まらせると、すかさずクリストフが割り込んだ。
「まあ、小競り合いは後だ。見たところ、正面の門番らしき兵士は三人だな。……俺とトリスタンで、右から回り込んで二人仕末できる」
クリストフが腰の剣に手をかけ、カイルとフィンを見る。
「残りの一人はどうする?」
「俺に任せろ!」
カイルが力強く拳を握り、闘志に満ちた目で答えた。
「私は戦うことが少々苦手でして……申し訳ありませんが、ここで皆さんをお待ちしております」
フィンが申し訳なさそうに頭を下げると、クリストフはニヤリと笑った。
「おう、後方警戒を頼む。よし、挟み撃ちだ。俺らは右から回るぞ」
クリストフとトリスタンは気配を完全に消し、静かに丘を下っていった。
「こっちも任せろ!」
カイルもまた、反対側の左側から音もなく斜面を駆け降りていく。
門の前では、鋭い目つきの衛兵たちが周囲を見回していた。しかし、その視線が一瞬だけ外れた間隙を、トリスタンの放った矢が獰猛に突き抜けた。
ヒュッ、ドシュッ!
「が……っ!?」
一本の矢が完璧に衛兵の首を貫き、男は声も上げられずに崩れ落ちた。
「敵襲か!?」
隣の兵士が驚愕して槍を構えるが、その時には既に、身を低くして剣を構えたクリストフが、肉眼で追えぬほどの速さで至近距離まで迫っていた。
「しまっ……!」
兵士が言葉を言い終わるより早く、クリストフは槍の間合いの内側へと鋭く踏み込み、大剣を一閃させた。凄まじい風切り音と共に、兵士の首が宙を舞う。
「な、何だと!?」
向こう側でそれを見ていた三人目の兵士が、奥の仲間に敵襲を知らせようと、慌てて振り返った。
しかし、その目の前には、いつの間にか回り込んでいたカイルが立っていた。
「遅いぜ!」
カイルは腰の「切り裂きの剣」を抜き放つと、流れるような容赦のない剣さばきで、兵士の胸元を深く斬り捨てた。
どさりと倒れ込む兵士を横目に、カイルは兵士が今まさに開けようとしていた警報用の蓋を自らこじ開け、肺のすべてを使って大声で叫んだ。
「敵襲だぁぁぁーーーッ!!」
あえて敵を誘い出すカイルの怒号。直後、けたたましい鐘の音が響き渡り、大きな鉄扉が勢いよく開いて九人の武装した衛兵たちが飛び出してきた。
「トリスタン、いくぞ!」
「うん!」
トリスタンは走りながら、母ゆずりの弓の早打ちを披露した。流れるように矢を番え、引き絞り、放つ。その動作が目にも止まらぬ速さで三度繰り返され、瞬時に三人の兵士が眉間を撃ち抜かれて沈んだ。
「オラァッ!」
クリストフが目にも留まらぬ豪快な剣さばきで二人の兵士を縦一文字に一刀両断する。さらに、その背後から身を低くして滑り込んだカイルが、すれ違いざまに一人の兵士の胴体を切り裂き、返す刀の凄まじい突きで、もう一人の兵士の心臓を正確に貫いた。
「ま、まずい! 援軍を――」
生き残った一人の兵士が、恐怖に顔を歪めて奥へ走り出そうとする。
「逃がさない!」
トリスタンが鋭く弓を引き絞って放つと、矢は兵士の背中を貫通し、そのまま地面へと深く縫い付けた。
「危ない、トリスタン!」
その隙を突き、横からトリスタンに斬りかかろうとした衛兵の前にクリストフが立ち塞がり、大剣の重撃で衛兵の身体をごと一刀両断に叩き切った。
「ふぅ……。いい腕してるじゃねえか、カイル」
「あんたたちこそ、大したもんだ!」
三人は息一つ乱さぬ鮮やかな手つきで、剣と弓を操り、向かってくる衛兵たちを次々と葬り去っていった。カイルは倒れた衛兵の腰からジャラリと大きな鍵束を奪い取ると、さらに収容所の奥深くへと突き進む。
「カイル! 独房エリアはこっちだ!」
地理を察知したクリストフが、カイルを薄暗い地下の牢獄エリアへと誘導する。
石造りの冷たい通路を走り抜け、最奥の重罪人用の牢の前に辿り着いた。
カイルはその中に、ボロボロの衣服を纏い、膝を抱えてうずくまっている、見紛うはずのない親友の姿を見つけた。
「――ゼオン!!」
カイルの引き裂くような呼ぶ声に、その人影がハッと顔を上げた。
長い髪を揺らし、衰弱しながらも立ち上がったその男――ゼオン・フレイムは、信じられないものを見るように鉄格子を掴んだ。
「カイル……? お前、どうしてここに……!?」
「遅くなってしまったけど……よく、よく生きててくれたな!」
カイルは溢れそうになる涙を堪え、奪った鍵を鍵穴に差し込んで激しく回した。
ガチャン!という重々しい開放音と共に牢が開いた瞬間、ゼオンは倒れ込むようにしてカイルに抱きつき、その肩に顔を埋めて号泣した。
「カイル……カイル……っ!」
「悪かった、ゼオン……もう大丈夫だ」
カイルもまた、親友の背中を強く抱きしめ、その目から大粒の涙を滲ませた。
その感動の再会の間にも、クリストフとトリスタンは手際よく衛兵たちから他の鍵を奪い取り、次々と捕虜たちの牢を開放していった。
解放された捕虜の一人が興奮しながら通路の角を指さした。
「こっちの通路を曲がって右だ! 確か、そこに没収された武器庫があったはずだ!」
「よし、野郎ども、武器を取り戻すぞ!」
解放された捕虜たちが、地鳴りのような歓声を上げて武器庫へとなだれ込み、次々に剣や槍、盾を手に取っていく。
カイルに支えられて歩み出たゼオンもまた、武器庫から一振りの見事なロングソードを掴み取った。剣の重みを確かめるように鋭く振ると、その瞳に、かつての戦士としての熱い闘志が完全に蘇った。
「へっ……。身体が鈍っちまってて適わねえ。久しぶりに、大暴れしてやるぜ!」
「全員、俺たちに続け! 門まで突っ切るぞ!」
クリストフとトリスタンの力強い先導のもと、武器を手にした捕虜たちの群れが、一斉に門へと駆け込む。
まさに電光石火の救出劇だった。
突然現れた「武装した捕虜たちの濁流」は、慌てて増援に駆けつけてきたブランゼル王国の兵士たちを正面から完全に圧倒し、次々と蹴散らしていった。絶望に支配されていた「ガルテンの庭」は今、瞬く間に自由を求める戦士たちの反撃の戦場へと変貌していくのだった。




