第23話:五人の混成隊と、漆黒の船出
潮風が優しく香る港町ブラントン。その活気ある港の船着き場には、白い飛沫を上げる一隻の大型定期船が停泊し、出港の時を静かに待っていた。
海沿いのカフェを出たクリストフ、トリスタン、そしてヴァレリアの三人は、その船の発着所へと足を運んでいた。
乗船手続きの列を前にして、ヴァレリアがドレスのポケットから数枚の硬質な紙を取り出し、クリストフの胸元に軽く押し付けた。
「はい。チケットは私が事前に買っておいたわ。船室も既に予約済みよ」
「え……?」
クリストフは手渡されたチケットを受け取り、思わず呆然と声を漏らした。
クリストフは渡されたチケットのうちの一枚をトリスタンに手渡し、怪訝そうな顔で見合わせる。
さっき店で偶然相席になり、旅の同行を決めたばかりのはずだ。それなのに、なぜ彼女は自分たちの分まで、事前にチケットを用意することができたのか。まるですべてが彼女の計画通りに進んでいるかのような不気味さだった。
二人は胸の奥に拭いきれない不信感を募らせつつも、促されるままヴァレリアの案内でタラップを渡り、船内へと乗り込んだ。
入り組んだ船内の通路を進み、最奥にある上等な船室の前でヴァレリアが足を止めた。
「あなたたちに、会ってもらいたい人がいるの」
「ん? 会ってもらいたい人だと?」
クリストフが胡散臭そうに首を傾げる。ヴァレリアはそれに答えず、意味深な笑みを浮かべて木製の扉を開け放った。
中にいたのは、二人の男だった。
扉が開いた音に気づき、室内で待機していた一人の男が静かに席を立った。プラチナブロンドの気品ある髪に、澄んだ淡い水色の瞳。育ちの良さを感じさせる端正な顔立ちの男が、穏やかに手を差し伸べてくる。
「よくお越しくださいました。あなた方が、ヴァレリア様の仰っていた援軍の方々ですね? 私はフィン・キャリブレイトと言います。どうぞ、よろしく」
「あ、ああ……クリストフだ。よろしくな」
クリストフはフィンの持つ独特の貴族的なオーラに戸惑いながらも、その無骨な手でしっかりと握り返した。
「俺はカイル・ブレイクだ。よろしくな、お前ら!」
フィンの背後から、仕立てのいい革鎧を身に纏い、腰に剣を携えた青年が、人懐っこい笑みを浮かべて声を掛けてきた。
「あ、はい……僕はトリスタンです。よろしくお願いいたします」
トリスタンは緊張しながらも、ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
「では、早速ですが今回の作戦をお話しします」
フィンが真剣な面持ちに切り替え、テーブルの上の地図を指し示しながら話を切り出した。
「先の戦争で、グローグランドはブランゼル王国に大敗を喫しました。その結果、信じられないほど多くの兵士が捕虜として連れ去られたのです。……そして、その中に、我々の大切な仲間である『ゼオン・フレイム』がいるのです」
「……それで? お前たちはそのゼオンって奴を、王国の懐から助け出したいってわけか」
クリストフが腕を組み、フィンの静かな水色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「左様でございます」
フィンはその問いに真っ直ぐに答え、覚悟を決めたよう深くお辞儀をした。
「ゼオンは、俺の、俺たちの絶対に代えの利かない大事な親友なんだ!」
それまで黙っていたカイルが、身を乗り出すようにして熱く訴えかけてくる。その瞳には、親友を想う必死の炎が宿っていた。
「必ず、生きてあいつをあそこから助け出したいんだ」
「君の……大切な親友なの?」
トリスタンが、静かにカイルに話しかけた。
「ああ、そうだ。何があっても見捨てられない、最高の相棒さ」
カイルが力強く答える。その言葉は、トリスタンの胸の奥に深く突き刺さった。親友フリントの姿が、どうしても目の前のカイルたちと重なって見えたのだ。
「それで……そのゼオンって人は、一体どこに捕らえられているんだ?」
クリストフがフィンに尋ねる。
「ブランゼル王国の、最果てにある一塞――捕虜収容所でございます」
フィンが重々しく答えた瞬間、背後で静観していたヴァレリアが、滑り込むように妖しく艶やかな笑みを浮かべた。
「そして、その収容所を冷徹に仕切っているのが、魔将軍ガルテンよ。……どう? あなたたちも、もちろん行くでしょう?」
ヴァレリアの探るような言葉に、トリスタンは一歩前に踏み出した。
「僕も、そのゼオンって人を助けに行きたい」
「トリスタン?」
クリストフが驚いてトリスタンを見る。トリスタンはカイルの目を真っ直ぐに見つめながら、拳を握りしめた。
「親友を助けたい、絶対に生きて連れ戻したいって気持ちは……僕にも、痛いほどよくわかるから。他人事とは思えないんだ」
トリスタンは振り返り、クリストフに懇願するような目を向けた。
「どうする? クリストフ」
愛弟子の真っ直ぐな瞳、そしてフリントという友を想う彼の決意。そこまで見せつけられて、否と言えるクリストフではなかった。
クリストフは盛大にため息をつくと、顔を上げて豪快に笑ってみせた。
「まったく、そこまで言われちまったら、乗らないわけにゃいかねえだろ。……よし! 決まりだ! その魔将軍ガルテンの庭に殴り込みをかけて、ゼオン・フレイムって奴を助けに行くぞ!」
「おうッ!」
カイルとトリスタンが、弾けたように声を合わせて力強く拳を突き上げた。
「ありがとうございます。皆さん、よろしくお願いいたします」
フィンが救われたような表情を浮かべ、深く丁寧にお辞儀をする。
「ふふふ……他愛ないわね」
熱く結束する四人の男たちの姿を背に、ヴァレリアは誰にも聞こえないほどの小さな声で毒のように呟き、その美しい顔に冷酷で妖しい微笑みを浮かべていた。
汽笛が轟き、船がゆっくりと動き出す。
それぞれの過去、それぞれの絆、そして異なる思惑を胸に秘めた五人の混成隊を乗せた定期船は、魔将軍ガルテンの支配する、絶望の収容所が建つ漆黒の土地に向かって、静かに波を掻き分けて進んでいった。




