第22話:黒いドレスの同伴者
クリストフとトリスタンは、お世話になった訓練場の仲間たちや村人への挨拶を慌ただしく済ませると、旅の装備をしっかりと整えて、住み慣れた討伐隊の訓練場を出発した。
歩みを進めたのは、かつてトリスタンがこの街に到着した際にも目にした、海沿いにあるお洒落なカフェだった。心地よい潮風がテラス席を吹き抜けるその店は、相変わらず大勢の客で繁盛しており、並べられたテーブルはほとんどが埋まっている状態だった。
「お、あそこが空いてるな」
何とか奥の空いている四人掛けのテーブルを見つけた二人は、そこに腰を落ち着け、遅めの朝食を兼ねた昼食をとり始めた。
「……なんかさ、勢いで訓練場を飛び出しちまったが、これからどうするかなあ」
香ばしく揚げられた肉厚な魚のフライを豪快に口に運びながら、クリストフがポリポリと頭を掻いて呟いた。
「魔将軍が正式に討伐の対象になったんでしょ? だったら、魔法教会の連絡所に行けば、何か次のあてがあるんじゃない?」
トリスタンもまた、焼き立てのパンを口に含みながら、現実的な提案を返す。
「いや、それがな……。この前お前がザハークを倒しただろ? 教会が持ってる魔将軍の情報は、あれで完全に打ち止めらしいんだよ。新しい足取りはまだ何も入っちゃいねえ」
クリストフはふぅと息を吐くと、視線をトリスタンへと戻した。
「ところでさ……お前、その『フリント』って奴が今どこにいるのか、何か見当はねえのか?」
「うん……ごめん、全然わからないんだ」
トリスタンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうか……いや、いいんだ。当てがないなら、これから探せばいいだけだからな」
クリストフが優しく笑った、その時だった。
「あの、申し訳ございません」
不意に、トレイを抱えた店員から丁寧な声で掛けられた。
「ただいま店内が大変混み合っておりまして……よろしければ、こちらのお席にご相席させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? ああ……」
クリストフは一瞬驚いたが、すぐに快活な笑みを浮かべて答えた。
「俺たちは別に構わないよ。どうぞどうぞ、お気になさらず」
「ありがとうございます。――では、こちらへどうぞ」
店員が恭しく一歩下がると、案内されて一人の女性が歩み寄ってきた。
トリスタンは思わず息を呑んだ。そこにいたのは、陽光を照り返すほど艶やかな黒いドレスを身に纏った、息を呑むほどに妖艶な美女だった。
ヴァレリアは、しなやかな動作でトリスタンの正面の席へと腰を下ろした。
「あら、ごきげんよう。私はヴァレリアって言うの。よろしくね」
彼女は少し潤んだ、それでいて少年の奥底を見透かそうとするような、鋭く探るような眼差しでトリスタンをじっと見つめた。
「ああ、よろしく」
大人の余裕を見せるように、クリストフが声を掛ける。
「よ、よろしくお願いします……」
トリスタンは、その大人の女性が放つ独特の美しさと威圧感に気圧されながらも、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
ヴァレリアはふっと妖しく微笑むと、頬杖をついて二人を見つめた。
「ところで……あなたたち、さっき『魔将軍』を探している、なんて話をしておられたわね?」
「ええっ!? な、何でそれを……!?」
クリストフの顔から余裕が消え、一転して怪訝な表情でヴァレリアを睨みつける。
「あら、ごめんなさい。責めないで頂戴?」
ヴァレリアは困ったように両手を広げてみせた。
「店内がこんなに賑やかだから、向こうで待っている間に、あなたの大きな声が自然と聞こえてきちゃったのよ」
ちょうどその時、店員がヴァレリアの注文した色鮮やかな料理をテーブルへと並べた。
「いただきます」
ヴァレリアは上品な手つきでフォークを動かし、二口ほど料理を口に運んだ。そして、咀嚼を終えてワイングラスに指を這わせながら、事も無げに言った。
「ねえ……私も、あなたたちの旅に一緒に行ってもいいかしら?」
「――なんでだ?」
クリストフの低い声が響く。その短い言葉には、歴戦の戦士としての鋭い警戒の目が宿っていた。見ず知らずの女が、魔将軍を追う旅路に同行を求めるなど、不審極まりない。
しかし、ヴァレリアは動じる風もなく、むしろ楽しそうに目を細めた。
「私ね……魔将軍が今どこにいるか、その居場所を案内できるの。どう? 私を連れていくの、お互いに悪くない話でしょう?」
「魔将軍の居場所だと……?」
クリストフは喉を鳴らし、今度は隣のトリスタンへと視線を巡らせた。
「どうする、トリスタン? 乗るか、この話」
いきなり現れた謎の美女からの、あまりにも都合の良すぎる提案。
トリスタンは食事の手を止め、目の前のヴァレリアをじっと見つめた。彼女が何者なのかは分からない。けれど、魔将軍の居場所が分かれば、世界を巡るうちに、フリントにも会えるかもしれない。
「……いきなり言われてもびっくりだけど。でも、僕たちの旅の目的……その最初の一歩に繋がるかどうか、確かめてみるのもいいかも」
「ふふ、じゃあ決まりね。よろしく」
ヴァレリアは満足そうに微笑み、グラスを傾けた。
「……で、そちらのお二人の名前は、何て言うのかしら?」
「俺はクリストフだ」
クリストフはなおも警戒の光を消さないまま、ヴァレリアに向けて無骨な右手を差し出した。ヴァレリアは迷いなく、その白く細い手で彼の右手を握り返す。
「僕はトリスタンです」
「そう、トリスタン……。ふふ、よろしくね」
ヴァレリアは、その瞳の奥に妖しい光を灯した。
心地よい潮風が吹き抜ける海沿いのお洒落なカフェ。
互いに異なる思惑を胸に秘めた、新たなる三人の旅が、いま静かに始まろうとしていた。




