第21話:旅路の夜明け、友との約束
心地よい潮風がいつもと変わらず吹き抜ける港町ブラントン。
しかし、その美しい街並みには今、魔将軍ザハークとの凄惨な死闘を命からがら乗り越えてきた、重く悲壮な影が静かに漂っていた。
先の戦いで討伐隊が受けた傷はあまりにも深かった。まともに動けるのは、奇跡的に五体満足で生き残ったクリストフとトリスタンの二人くらいのものだった。あとは、訓練場に居残っていた仲間たちの手助けを借りながら、なんとか動けない怪我人たちを運び込み、怯える東の村の住民たちを臨時の宿泊場所へと誘導するのが精一杯だった。
数日後、血に染まった街道から戦士たちの遺体がようやく回収され、静かな墓地に丁重に埋葬された。
新しく並んだ無骨な木製の墓標を前にして、クリストフとトリスタンは、並んで静かに黙祷を捧げていた。
「……こんなことを言いたかないが、これがこの世界の現実だ、トリスタン」
長い沈黙を破り、クリストフが沈痛な声で呟いた。彼はトリスタンの肩にそっと大きな手を置くと、促すように墓地を後にした。
トリスタンは歩き出しながらも、何度も戦士たちの墓を振り返り、複雑な心境に胸を締め付けられていた。
整然と弔われる仲間たちの姿を見て、脳裏をよぎるのは、あの辺境の村で、まともに弔うこともできなかった亡き母カトリーナのこと。心の中でうまく整理しきれない、何かが引っ掛かっているような、割り切れない思い。それがいつまでも胸の奥で、古傷のように疼き続けていた。
トリスタンが重い足取りで訓練場の本部に帰ると、一室から話し声が聞こえた。覗き込むと、クリストフが討伐隊の幹部たちと何やら深刻な話をしていた。
「これが、今回の作戦の報酬だ」
幹部が机の上に置いた大きな革袋からは、チャリンと重々しい音が響いた。中には、溢れんばかりの大量の金貨が詰まっている。
「おいおい、いくら何でも多すぎやしないか? これ」
クリストフが眉をひそめて袋を持ち上げる。
「いや、魔将軍が正式に『討伐』の対象になったんだ。これは……ザハークの首にかけられていた賞金だよ。あの『黒本党』の魔物どもより、被害も強さも桁違いだからな。それが、教会の決定だ」
「ふん……教会と言うより、怯える人々からの要求だろ?」
クリストフが吐き捨てるように言うと、幹部は痛ましそうに目を伏せた。
「まあ、そうだな。ブランゼル王国の非道は、いまや誰の目にも余るものがあるからな……」
「……まあ、いい。これはありがたくもらっとくわ」
クリストフは重い袋を肩に担ぎ、部屋を後にした。
クリストフがその袋を担いで自分たちの部屋に戻ってくると、トリスタンが思いつめた様子で、じっと窓の外の海を見つめていた。
「どうした? トリスタン」
「あ……うん。フリントのことを、思い出してたんだ」
「フリント?」
聞き慣れない名前にクリストフが小首を傾げると、トリスタンは窓の外を見つめたまま、愛おしそうに微笑んだ。
「僕の、最高の親友だよ。奴隷だった僕を、あの採掘場から連れ出してくれたんだ。……いつか、あいつにまた会ったとき、本当の『チーム』になれるって約束したんだ」
「そうか……」
クリストフは袋を床に下ろし、少年の言葉に耳を傾ける。
「ねえ、クリストフ」
トリスタンが真剣な眼差しで振り向いた。
「ん? なんだ?」
「僕は……ここを出ていこうと思うんだ」
「……なんでだ?」
「あの、ザハークを倒した時の『黄金の光』……あれは、何か僕に与えられた使命のようなものだと思うんだ。……それに、魔将軍バロール。お母さんの仇だ。あの憎き仇を、僕は僕の手で討ちたい。だから……」
「だめだ」
クリストフが遮るように、短く冷徹に言った。
「え……?」
トリスタンがショックに目を見開くと、クリストフはフッと不敵に笑ってみせた。
「一人で行くのはだめだ、ってことだよ。――俺も一緒に行く」
「ええ!? 本当に!?」
驚くトリスタンの前に歩み寄り、クリストフはその目を見た。
「確かにカトリーナの仇は憎い。俺だって今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいさ。でもな、トリスタン。人は『憎しみ』だけを糧に生きても、絶対に幸せにはなれないんだ」
「うん、それは、そうかもしれないけど……」
「その、フリントって奴は、生きているのか?」
クリストフの真っ直ぐな質問に、トリスタンは一瞬の間を置いて、力強く頷いた。
「……きっと、絶対に、あいつは生きてるよ!」
「だったら、まずはそのフリントに会いに行かなきゃな」
「フリントに……?」
「そうだ」
クリストフの表情が、一転して酷く切ないものに変わった。
「トリスタン。俺はな……お前の母さんカトリーナに、『いつか絶対に会いに行く』って約束してたんだ。だが、それを後回しにし続けた結果がこれだ。今は、死んでも死にきれないほど後悔している。……トリスタン、お前には、俺と同じ後悔を味わわせたくないんだよ」
クリストフの胸を抉るような本音に、トリスタンは胸が熱くなり、言葉を失った。
「ちょうど、まとまった旅費も入ったことだしな」
クリストフは床の金貨の袋をポンと叩き、いつもの快活な笑顔を取り戻した。
「明日、ここを出るか?」
「……うん! よろしく、クリストフ!」
「おう、よろしくな、トリスタン」
二人は互いの手を伸ばし、男らしく、そして固く握手を交わした。
そして、不夜城のように騒がしかった討伐隊の訓練場に、静かに夜のとばりが落ちていく。
窓の外に広がる深い闇は、傷ついた少年と歴戦の戦士が踏み出す、新たな旅立ちの夜明けを静かに待っているかのようだった。




