第18話:型なき異形の刃
朝の柔らかな光が照りつける、討伐隊訓練場の中庭。
そこには、乾いた金属音を響かせながら、二人並んで汗だくになりながら剣を振る男たちの姿があった。
クリストフは、ふと隣で熱心に素振りを繰り返すトリスタンの姿に目を留めた。
少年の足腰は低くどっしりと落とされ、上の右手と左手でロングソードの柄をしっかりと握り締めている。そこから放たれる一撃は、空気を鋭く引き裂き、見事な軌道を描いて鮮やかに振り抜かれていた。
「さすが……カトリーナの息子か。筋はいい、基本も実に見事なんだがな……」
クリストフはふうと息を吐き、顎に手を当てて首を傾げた。
「……いや、ちょっと勿体ないな」
「え?」
トリスタンは剣を止め、額の汗を拭いながら、不安そうにクリストフを見つめた。
「ごめんなさい。僕の剣の振り方、どこかまずかった……?」
「いや、振り方そのものは完璧だ。ケチのつけようがない」
「え……?」
トリスタンがきょとんとして佇んでいると、クリストフは「ちょっと待ってろ」と言い残し、大股で中庭を出ていってしまった。
しばらくして戻ってきた彼の右手には、いつの間に持ってきたのか、細身で酷く軽量そうな一本の剣が握られていた。
「これを知っているか?」
「すごく細くて、軽そうな剣だね……」
「レイピアだ」
クリストフはトリスタンの正面に立つと、左手を腰に当て、レイピアの剣先を少しだけ地面に向けて落とした。いわゆる「半身」の構えだ。
「やるぞ」
クリストフがくいっと顎を上げ、来いという合図を送る。
トリスタンはロングソードを構え直し、その瞳に鋭い眼光を宿らせた。次の瞬間、トリスタンは鋭い踏み込みとともに、果敢にクリストフの懐へと躍り出た。
しかし――。
クリストフは、ほんのわずかに身体を半身に開いただけで、トリスタンの渾身の一撃を軽くいなした。それどころか、クリストフの放つレイピアの切っ先は、まるで生き物のように鋭く、正確無比にトリスタンの目、喉、そして心臓を容赦なく狙って突き出される。
「つ、強い……っ!」
防戦一方に追い込まれたトリスタンは、流れるような剣捌きに翻弄され、ついに足を滑らせて派手に尻もちをついた。
「だめだ……やっぱり僕じゃ、全然かなわないや」
トリスタンが苦笑いしながら白旗を上げると、クリストフは短く言い放った。
「いや、そうじゃない」
「え?」
予想外の言葉に、トリスタンは驚いた表情でクリストフを見上げた。
「俺はさっき、身体を半分に開いて『半身』で構えた。これによって、お前から見た俺の的(あたる面積)が極端に狭くなる。同時に、剣を真っ直ぐ突き出す時にリーチが一段と伸びるんだ。結果として、俺はお前の剣が絶対に届かない位置から、一方的に攻撃を仕掛けられる」
「あ……! だから、さっきこっちの剣が届きにくく感じたんだ……」
トリスタンは合点がいったように深く頷いた。
「だが、ここは本物の戦場じゃない。俺もお前も、本当の力では斬ってない。寸止めだからな。……これが本当に相手を肉ごと斬り殺す戦場だとしたら、レイピアという武器は非力だ。相手を鎧ごと両断するような、一撃必殺の質量攻撃はできないからな」
「あ、そうか。細いから、叩き斬るのには向いてないんだね」
「そうだ」
クリストフはニヤリと不敵に笑った。
「――しかし、お前ならできる。その『リーチ』と『一撃の威力』……両方を同時に手に入れられるんだ」
「え? 僕が……?」
きょとんとするトリスタンを他所に、クリストフは手にしたレイピアを腰の鞘へと収めた。そして、トリスタンのロングソードを取ると、それをトリスタンの右半身にある【二本の右手】に握り直させた。上の右手と、下の右手。二本の右手だけで、一本のロングソードの柄をがっしりと握り込ませたのだ。
「よし。その状態で、さっきの俺みたいに半身に立ってみろ」
トリスタンは言われた通り、左半身を後ろに引き、相手に右半身だけを向ける「半身」の構えを取った。そして、二本の右手でロングソードを前方に突き出すようにして構える。
「……すごい」
トリスタンは、自分の身体を駆け巡る奇妙な全能感に目を見開いた。
半身に構えているため、左手は後ろにフリーになっている。それなのに、二本の右手で握ったロングソードは、両手持ちと同等か、それ以上の強固な力で固定されていた。しかも、半身のおかげで、普通の剣士よりもはるかに間合い(リーチ)が伸びている。
「これまでの剣術の歴史に、こんな前例はない。……何せ、右手二本で剣を構えるなんて芸当、世界中でお前にしかできないからな」
クリストフは満足そうに腕を組んだ。
「型も何もない、完全な未知の領域だ。だが、これから俺とお前で、この新しい戦い方を一から作っていくんだよ。どうだ?」
世界で自分にしかできない、自分だけの剣。トリスタンは、その新しい可能性に胸の奥が激しく高鳴るのを覚え、目をきらきらと輝かせた。
「よし、じゃあ次はこれだ。これも、見せておかないとな」
クリストフはまたしても中庭を出ていき、今度は大きな弓を背負って戻ってきた。彼はトリスタンに背を向けるようにして、無防備に立つ。
「おい、後ろから容赦なく斬りかかってきてみろ」
「え? う、後ろから!? 本当にいいの?」
「来い」
「じゃあ……行くよ!」
トリスタンはロングソードを大きく振りかぶり、背後からクリストフへと躍りかかった。
その瞬間、クリストフが電光石火の速さで振り向いた。――いや、彼が完全に振り向いた時には、既にその手にある弓は限界まで引き絞られており、番えられた矢の切っ先が、寸分の狂いもなくトリスタンの眉間を捉えていた。
「すごい……!! お母さんの技だ!」
辺境の村で、カトリーナが見せた、あの至近距離からの弓の早撃ち。全く同じ技だった。
「あははは! 当たり前だ、その技は俺がカトリーナに教えたんだからな!」
クリストフが楽しそうに笑いながらその場にドサリと座り込むと、トリスタンもつられて隣に座り込んだ。クリストフは遠い目をして、愛おしそうに語る。
「お前の母さんはな……本当の天才だったよ。俺が教える技を、何でも簡単に身につけやがってな。一回見せたら、次にはもう完璧に出来てたんだ」
母の若き日の勇姿を聞かされ、トリスタンは興奮を抑えきれずに言った。
「その技も教えてよ、クリストフ! 僕も、お母さんみたいにできるようになりたいんだ!」
「そうか、やりたいか!」
クリストフは嬉しそうに声を上げると、大きな手でトリスタンの頭をくしゃくしゃと豪快に撫で回した。
「よし、じゃあ稽古を続けるか!」
「うん!」
息を弾ませながら、二人は再び笑顔で立ち上がる。
港町ブラントンの潮風が吹き抜ける中庭で、二人の熱い朝の稽古は、まだまだどこまでも続いていくのであった。




