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チャリオット  作者: さだきち
第四章:受け継がれる技、拓かれし未来

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第17話:歴戦の戦士クリストフ


港町ブラントンの爽やかな海沿いの道を真っ直ぐに歩いていくと、やがて前方に、周囲を圧倒するような大きくいかつい建物が見えてきた。

高くそびえ立つ無骨な石壁が延々と続いており、外から中の様子を窺い知ることはできない。しかし、その強固な壁を突き抜けて、時折、腹の底に響くような戦士たちの鋭い気合と咆哮が、潮風に乗って微かに漏れ聞こえていた。


そのただならぬ威容に、トリスタンは一瞬少し気後れしそうになった。だが、胸元のマントをぎゅっと握りしめ、意を決して頑丈な木製の巨大な扉を力強く叩いた。


重い音を立ててゆっくりと扉が開く。中から現れたのは、磨き上げられた鉄の鎧をまとった、筋肉隆々のごつい門番の男が二人だった。

「あんだ? お前、何の用だ?」

門番の一人が、値踏みするような鋭い視線でトリスタンを射抜く。


「あの……クリストフという方は、こちらにいらっしゃいますか?」

トリスタンは、大人たちの放つ強烈な圧迫感に気圧されそうになりながらも、何とかその場に踏みとどまって声を絞り出した。

「なんだぁ? クリストフの知り合いか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「はあ? じゃあ、なんでまたクリストフを訪ねてきたんだよ」


門番たちが怪訝そうに顔を見合わせる。トリスタンは、ミランダの言葉を思い出しながら真っ直ぐに答えた。

「『出会いと別れの酒場』のミランダさんから、紹介されて来ました」

「えっ!? そうか、ミランダの知り合いか……。おいおい、で、お前一体何者なんだ?」


門番の目が少しだけ和らぐ。トリスタンは深く息を吸い込み、自分の素性を明かした。

「僕は、カトリーナの息子のトリスタンです」

「――っ!!」


その瞬間、門番たちの表情が劇的に変わった。驚きに目を見開いたかと思うと、先ほどまでの威圧的な態度とは打って変わり、くしゃくしゃに顔をほころばせて笑顔になった。

「なんだよ! それを先に言えよなぁ!」

一人の門番が、豪快にトリスタンの背中をバチンと叩いた。

「いてっ!」

「わははは! 見ないうちに、こんなに立派になりやがって! さあ、入れ入れ、遠慮するな!」


トリスタンは戸惑いながらも、門番の男に背中を押されるようにして建物の中へと入っていった。

「お、門番、そいつは新入りか?」

布で首筋の汗を拭いながら、訓練の休憩中らしき大柄な男が通りがかりに尋ねてくる。

「おう、聞いて驚くな。こいつ、あのカトリーナの息子だよ」

「ええっ!? カトリーナの……あの子か!?」


行く先々で、母の名前を出すたびに、誰もが驚き、そしてどこか愛おしそうに懐かしむ目をトリスタンに向けた。かつて辺境の村から過酷な奴隷として生き抜いてきたトリスタンにとって、この場所はまるで、ずっと昔に失った本物の「故郷」に帰ってきたかのような、温かい錯覚を覚えさせるものだった。


やがて二人は、遮るもののない広い中庭のような訓練場へと出た。

その片隅で、陽光を浴びながら熱心に大剣を振り抜いている、汗だくの一人の男の姿があった。

「クリストフ! ……おい、クリストフ!!」


門番の大声にようやく気づき、男は剣を止めると、粗末な布で顔の汗を拭いながらこちらへと近づいてきた。

筋肉質だが無駄な脂肪が一切ない、極限まで引き締まった均整の取れた体躯。驚くべきは、その顔や全身の肌に刻まれた、無数の無骨な傷跡だった。激戦を潜り抜けてきた痕跡が、一目で彼を「歴戦の戦士」だと分からせる――そんな風体だった。


「誰だ、そいつ?」

クリストフは低い声で尋ねる。

「驚くなよ? ……こいつはな、カトリーナの息子だ!」


門番にぽんと背中を押され、トリスタンは緊張に身体を硬くしながらも、一歩前に出た。

「は、初めまして……」

「――カトリーナの……息子だと!?」


クリストフの目の色が変わった。彼は凄まじい踏み込みで距離を詰めると、トリスタンの両肩をがっしりと掴み、血走った目を見開いた。

「カトリーナは!? カトリーナは今どこにいるんだ!」

その激しい剣幕に、トリスタンの肩が跳ね上がる。その拍子に、ミランダから授かった大きめのマントが不意にはだけた。


マントの下から露わになったのは、衣服の右袖から異形に伸びる、二本の【右手】だった。

「あ……」

クリストフはそれを見た瞬間、ハッと我に返ったように動きを止め、ゆっくりと少年の両肩から手を離した。

「すまない……取り乱した」


「あ、いえ……気にしないでください。……今から、母の身に起きたことを、すべてお話しします」

トリスタンは沈痛な面持ちで視線を落とすと、あの辺境の村で起きたこと、魔将軍バロールの襲撃、そして母が自分を逃がすために命を落としたあの日のことを、静かに、一言一言噛み締めるように話し始めた。


クリストフは終始、険しく真剣な表情でその話に耳を傾けていた。しかし、話が進むにつれて、彼の男らしい顔は激しい怒りと、引き裂かれるような悲しみを湛えた表情へと歪んでいった。


そして、トリスタンがすべてを話し終えた、その時だった。

クリストフは突然、天を仰ぐようにして後ろ向きに倒れ込み、訓練場の地面に大の字になった。そのまま両手で顔を覆い、子供のように声を上げて号泣し始めたのだ。


「カトリーナ……! 俺が……俺が会いに行く前に、死んじまうなんて……! カトリーナぁ……っ!!」


地面に大の字になって涙を流し続けるクリストフの姿を見て、トリスタンもまた胸の奥を抉られるような深い悲しみに包まれ、ただ静かに俯いていた。母を失った痛みをこれほどまでに共有してくれる大人が、目の前にいる。その事実が、少年の心を激しく揺さぶっていた。


ひとしきり泣き腫らした後、クリストフは腕で涙を拭い、ガバッと勢いよく起き上がった。その目には、先ほどまでの絶望ではなく、確かな決意の光が宿っていた。

「よし……! わかった! よくぞ、俺のところまで来てくれたな! これからは、この俺がお前の面倒を全部見てやる!」


クリストフは立ち上がり、力強く言い放った。

「よろしくな! ……あ、おい、名前はなんて言うんだっけ?」

劇的な切り替えに、トリスタンは一瞬目を丸くした。

「あ……トリスタン、です」

「そうか、トリスタンか!」


クリストフは豪快に笑うと、トリスタンの首に腕を回してその肩を強く抱き寄せた。

男臭く、少し力が強すぎて痛いくらいだったが、その腕からは、これまでの過酷な旅の途では決して得られなかった、確かな「人間の暖かみ」が伝わってきた。


「よろしくお願いします。クリストフさん」

「何だよ、その『クリストフさん』ってのは! 堅苦しい敬語は抜きだ抜き!」

クリストフは快活に笑い飛ばすと、隣にいた門番の男に声をかけた。

「おい、今からこいつの歓迎会を開いていいか!?」

「おう、いいぜ! 今回の酒と飯は、討伐隊の奢りってことでな!」

門番は親指を立てて応じると、早速そのことを伝えるために、嬉しそうに食堂の方へと走っていった。


騒がしくも温かい大人たち。

討伐隊の訓練場は、予期せぬ若い来客がもたらした「新しい未来」の予感に、静かに、しかし確かに胸を躍らせていた。


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