第16話:潮風の港町と、五人の執行官
青く広がる海から、心地よい潮風が吹き抜ける港町ブラントン。
活気あるカモメの鳴き声と波の音が響くその街に、独特の威厳をまとった五人の男たちが足を踏み入れていた。世界を統べる魔法教会、その治安維持や特殊任務を担う【執行官】たちであった。
「いやあ、景色が良くて本当にいいところですねえ、オズワルドさん」
最年少の執行官が、きらきらと輝く海面を見渡しながら、並んで歩く先輩の執行官に声をかけた。
声をかけられた男――オズワルドは、少し目尻の下がった温厚そうな顔に苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「そうだなあ……。これがただの観光だったら、本当に最高なんだけどな」
気の進まない任務を思わせるオズワルドの呟きと同時に、通りに面した店から、魚を炭火で香ばしく焼く美味そうな匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。
見れば、海沿いのロケーションに美しく馴染む、お洒落な佇まいのカフェがある。
「――よし、まずは腹ごしらえといくか?」
オズワルドの提案に男たちは賛成し、五人は誘われるようにそのカフェの扉をくぐった。
店内は昼時ということもあり、大勢の客で大いに繁盛していた。ほとんどの席が埋まり、談笑する声が飛び交っている。
「すみません、大変お待たせいたしました!」
きびきびと動く店員の案内により、流石に五人揃っての着席は難しく、彼らは少し離れたふたつのテーブルへと分かれて座ることになった。
オズワルドともう一人の執行官が、窓際の小さなテーブルの椅子に腰を下ろす。二人は手際よく、地元の魚料理と冷たい飲み物をオーダーした。
注文を終え、ふっと一息ついたところで、同席した執行官が声を潜めて本題を切り出した。
「ところで……例の件、どう思います? オズワルドさん」
「え? ああ……『魔将軍』って奴のことか」
オズワルドは視線を落とし、顎に手を当てた。
「うーん、どうなんだろうな。まだ不確かな情報も多いが……どのみち、本部にいるアルフレート議長には、遅かれ早かれ詳細を報告しなきゃならんが……」
「各地で、魔将軍に対抗するための『討伐隊』への依頼が膨れ上がっているという話でしたね。それに比例して……討伐隊の死傷者の数も、ここ数ヶ月で急増している……」
同僚の深刻な言葉は、店員が料理を運んできたことで遮られた。
テーブルに並べられたのは、ふっくらとしたパンと温かいスープ、皮目がパリッと香ばしく焼かれた魚、そして新鮮な魚介を並べたカルパッチョ。美味そうな湯気が二人の間に広がる。
「あの、すみません。混み合っておりまして……こちら、相席よろしいですか?」
店員から申し訳なさそうに声をかけられ、オズワルドは周囲の混雑具合を見回して快く頷いた。
「ああ、いいよ。気にしないで座ってくれ」
「ありがとうございます! どうぞ、こちらへ」
店員が連れてきたのは、一枚の大きなマントを深く羽織った、一人の少年だった。シーラスの街からはるばる旅をしてきた、トリスタンであった。
トリスタンは緊張した面持ちで、オズワルドたちに向かってぺこりと丁寧に頭を下げると、空いた椅子に静かに腰掛けた。
「ごめんね、お先に頂いてるよ」
オズワルドが気さくにスプーンを動かしながら声をかける。
「え? そんな、どうぞどうぞ! お気遣いなく!」
トリスタンは、威厳のある大人からの優しい言葉に恐縮して、慌てて手を振った。その素直な反応に、オズワルドの口元が緩む。
「きみ、名前は?」
「あ、トリスタンと言います」
「トリスタンか。いい名前だね」
オズワルドは彼の腰元や佇まいを観察し、ふと目を細めた。
「見たところ……冒険者かい?」
「え、ええ……。実は、ある人を探しに、この町へ来たんです」
ちょうどその時、トリスタンが注文した料理もテーブルへと運ばれ、並べられた。
「じゃ、僕もいただきます」
トリスタンはそう言うと、窮屈だった大きなマントのフロントを少しはだけさせ、フォークとナイフを手に取った。そして、香ばしく焼かれた魚の身を器用に切り分け、口へと運ぶ。
「ん……! 美味しいですね!」
新鮮な海の幸の美味さに、トリスタンはさっきまでの緊張をすっかり忘れ、にこにこしながら料理を頬張った。
しかし、その姿を見たオズワルドは、持っていたスプーンを止めて思い切り目を見開いていた。
マントの隙間から覗くトリスタンの右半身――そこには、衣服の袖からスラリと伸びる、明らかに二本の【右手】が存在していた。
オズワルドのただならぬ視線に気づき、トリスタンはハッと我に返った。慌ててフォークを置き、小さく肩をすぼめる。
「あ……あの、この右手……気持ち悪いですか? 驚かせて、すみません……」
反射的に謝るトリスタンを見て、オズワルドは慌てて大きく首を振った。
「いやいや! 謝らないでくれよ! こっちこそ、そんな風にじろじろと不躾な目で見てしまって、本当にごめんな」
大人の側から真摯に謝罪されたことに、トリスタンは少し驚き、それからホッとしたように微笑んだ。
「いや、いいんですよ。そうですよね、普通は驚きますよね。……僕、もう慣れてますから」
トリスタンは本当に気にした様子もなく、再びフォークを持って料理を口へと運んだ。その健気で、どこか達観した少年の態度に、オズワルドは胸の内で深い感銘を覚えていた。
「それで……さっき、人を探していると言っていたけれど。誰を探しているんだい?」
オズワルドの問いに、トリスタンは咀嚼を終えてから真剣な目で答えた。
「クリストフって名前の人です」
「クリストフ? どんな人なんだ?」
「おそらく……討伐隊の方だと思うんですが。……すみません、実は僕も、まだ一度も会ったことがなくて……」
「討伐隊? 魔法教会に所属している、あの討伐隊のことかい?」
「はい、そうだと思います」
その会話を聞いていた同席の執行官が、オズワルドに顔を向けた。
「オズワルドさん。じゃあ、あそこに居るんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。間違いない」
オズワルドは頷き、トリスタンに向き直って優しく微笑んだ。
「実はね、トリスタン。我々も、その魔法教会から任務でここへ来たんだよ」
「えっ、そうだったんですか!」
トリスタンは驚き、目の前の男たちがただの旅人ではないことに深く納得した。
やがて、気持ちの良い食事の時間を終えると、オズワルドたち執行官の五人とトリスタンは、揃ってカフェの店の外へと出た。
「いやー、美味しかったっすねえ! この店、また来たいですね!」
離れた席に座っていた若い執行官が満腹そうにお腹をさする。
「本当にその通りだって言いたいところだが、俺たちはそう浮かれてもいられない任務中だけどな」
オズワルドが嗜めるように言うと、若い男は「へへっ」と頭を掻いた。
そこでオズワルドは、思い出したようにトリスタンへと向き直った。
「ああ、そうだ。トリスタン。この海沿いの道をずっと真っ直ぐ行った先にね、魔法教会の『討伐隊の訓練場』があるんだ」
オズワルドは、潮風の吹く道の先を指さした。
「もしそのクリストフって人が討伐隊の人間なら、おそらく、今はそこに居るはずだよ」
「え、本当ですか!? ありがとうございます、ご親切に!」
確かな手がかりを得たトリスタンは、嬉しさに目を輝かせ、深々と頭を下げた。
「いやいや、そんなに畏まらなくていいよ。俺たちは同じ魔法教会の仲間のようなものだからね」
オズワルドは温和な笑みを浮かべ、トリスタンの肩をポンと優しく叩いた。
「会えるといいな。その、クリストフって人に」
「はい!」
「じゃあな、トリスタン。旅の無事を祈ってるよ」
オズワルドを筆頭に、五人の執行官たちはそれぞれの任務を果たすべく、通りの向こうへと歩き去っていった。
トリスタンはその頼もしい背中を丁寧に見届けると、教えてもらった方向――波音が一段と大きく響く、討伐隊の訓練場の方へと、確かな足取りで進み始めた。亡き母の昔の恋人、クリストフに会うために。




