第113話:親友の再会と希望の導き
静寂の里、霞ノ社。
霧深い奥地でありながらも清々しい空気が満ちるこの場所に、久しぶりに帰ってきたサヤは、精力的に雑巾がけなどの掃除にいそしんでいた。
「え!? まさか……サヤ!? 何やってんの?」
掃除の手を動かしていたサヤの背後から、懐かしい親友の声が響く。
「あ、コトネ! 久しぶりね」
サヤは振り返り、満面の笑みを向けた。
「『久しぶりね』じゃないわよ! エルムは? どうしたのよ?」
「ん? 一緒に来てるよ、この里に。みんなと一緒に修行してる」
サヤの屈託のない表情に、コトネは一瞬呆然としたものの、やれやれと首を振った。
「ま、まあいいわ。問題なさそうで何よりよ」
コトネは戸惑いを苦笑いに変え、サヤに優しい視線を送る。
「コトネはすごいね。隠密部隊の頭領になったんでしょ? 大変そうだね」
「ううん。私なんてサヤの足元にも及ばないよ。サヤのほうが命懸けで大変な戦いに参加していて、本当に立派だと思うわ」
コトネの声音が真剣なものへと変わる。
「静寂の里の外に出て世界を見て、私、自分が間違っていたことを知ったの」
「え? コトネは間違ってなんかないよ? 何でそう思うの?」
サヤは盲目ながら、まっすぐにコトネのほうへ顔を向けた。
「違うの。世界では危機に瀕している人がたくさんいる。大切な人が殺されたり、飢えや渇きに苦しんでいたり、住む場所もないまま家族でさまよっていたり……ここにいた頃は、分かったつもりでいた。でも、実際に自分の目で見たら全然違った。涙が止まらなかったわ」
「コトネ……」
言葉を詰まらせるサヤに、コトネは静かに微笑みかける。
「サヤは……こんな世界でずっと頑張ってたんだ、戦ってたんだって、やっと気づいたの。それでね、マルコさんたちに隠密活動で得た情報を共有して、各地へ救出活動に遠征してもらったりしてたんだけど……」
「え!? それって、コトネがやってたの!?」
「まあ、私だけの力じゃないけどね。ヴァルガスの情報を集めたりとかもね」
「すごいよコトネ! 私なんかよりずっと立派だよ!」
親友の大活躍を知り、サヤは心からの賛辞を贈った。
「……そんなことないって。じゃあ、私も掃除を手伝うから待ってて」
「いいよ、ここはもう終わったから。あとは掃除道具を片付けるだけよ」
サヤが優しく微笑むと、コトネの顔がぱっと華やいだ。
「そうなの? じゃあ、美味しいお茶菓子をとっておいてあるんだ。向こうの茶室で一緒に食べない?」
「食べる!」
サヤの元気な返事に二人は顔を見合わせて楽しそうに笑いあい、屋敷の奥へと歩いていった。
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静寂の里にある屋敷の一室。
主であるソウケンが腕組みをし、カイエンと向かい合っていた。
「……それで、今度はそのブランゼル王国の本拠地に攻め込むと言うわけか」
ソウケンは湯呑みを手に取り、静かに茶をすする。
「まあな。だから……この師匠の形見の『霧呼』、もう少し貸しといてくれ」
カイエンは手に持った霧呼をソウケンに見せた。
「もうそれはいいよ、お前のものだ。サヤにも次元刀はお前のものだと伝えておいてくれ」
「そういうわけにはいかん」
ソウケンの言葉にカイエンはきっぱりと言い放ち、その顔をまっすぐに見つめ返す。
「必ず生きて、この里に返しに来る。そう決めたんだ」
予期せぬ言葉に一瞬目を丸くしたソウケンだったが、やがて口角を上げ、満足そうに表情を崩した。
「ふっ、好きにしろ」
ソウケンは再び茶をすすり、視線を落とした。カイエンが鋭い視線を向ける。
「……ヴァルガスはどうだ?」
「実はな、大体の居場所は掴めている」
「さすがだな」
ソウケンの深い眼光に、カイエンはニヤリと笑みを返した。
「コトネの奴が思いのほか優秀でな……あいつの働きだ」
「そうか……」
カイエンも目の前に置かれた湯呑みを手に取る。
「それで……俺が連れてきたトリスタン、あいつのことはどう見る?」
一口お茶を含んだカイエンの問いに、ソウケンは頷いた。
「来た時はどうかと思ったが、思ったより動きもいいし実戦向きだ。何より、ここの修行の極意を理解し始めている。飲み込みが早い」
「そりゃ良かった。あいつが頼みの綱だ」
「これは……ひょっとしたら、ひょっとするぞ。来月あたり……」
ソウケンは不敵な笑みを浮かべる。
「そんなに早いか?」
「あと一押しだろうな。お前が教えてやったらどうだ?」
「俺が?」
「分かるだろ。ここまで来たら気づきの問題だ。『見れぬものを見る』ことのな……」
ソウケンは腕組みをしながら、カイエンの目をじっと見つめて頷いた。
「なるほどな……ありがとうな、ソウケン」
カイエンは湯呑みのお茶をグイッと飲み干した。
「よせよ、お前にそんな言葉をかけられたら気持ち悪いだろ。不吉なことが起こるかもしれん」
ソウケンが冗談交じりにニヤけると、カイエンも思わず吹き出した。
「いい加減にしろよ!」
静寂の里の静かな屋敷に、互いを深く信頼し合う二人の男の笑い声が心地よく響き渡っていた。




