第110話:観察者の眼光、百年に一人の才能
プラウデンの拠点内に新設されたログハウス。その一角にあるアウトドアリビングのセンスが良い木製テーブルを、バレル、マルコ、フリントの3人が囲んでいた。
「へえ……良い感じで風が吹き込んで、居心地がいいですね、ここ」
マルコは心地よさそうに目を閉じ、深く息を吸い込んで見せた。
「……だろ? せっかく作ったからな、一度使ってみたかったんだ。だが、お茶も出せずにすまないな」
「いえいえ! とんでもない、お気遣いなく」
マルコは笑顔で手を振り、バレルを制した。
「で、最近はどんな感じだ? 相変わらず、この世界では悲惨な出来事が各地で起きているのか?」
バレルの問いかけに、マルコの表情がふと真面目なものに変わる。
「それがですね……最近、そういった惨状の報告が急激に減りまして。魔将軍の侵略や、黒本党の活動が激減しているんです。何か心当たりはありますか?」
マルコが視線を向けると、バレルは腕組みをしながら頷いた。
「そうだな。実はな、7人いた魔将軍はほとんど倒されちまったんだ。そこにいるフリントたちの活躍でな」
「えっ……!?」
「それと……黒本党の最高幹部、レイドールも倒しちまったんだよ」
「レイドールまでも……!? 知りませんでした。なるほど、それで黒本党の活動も鳴りを潜めたのですね……」
驚きを隠せないマルコがフリントを見つめる。
「君たちが、レイドールも倒したのかい?」
「ええ、まあ……」
照れくさそうに頭の後ろを掻くフリント。マルコは感心したように表情を崩した。
「すごいじゃないか! おかげでしばらく遠征先もなくなって……今はプリコーグの村で若手の指導をしているよ」
「じゃあ、今は落ち着いているんだな?」
「ええ。だから、こちらの様子を見に来ました。少し町を見て回りましたが、素晴らしいですね。この前まで絶望に瀕していた人たちが、見違えるように生き生きと働いていて……本当にこの場所を紹介してくださり、ありがとうございました」
マルコが深く頭を下げる。
「いやいや、俺なんかより、あの人たちを救ったのはお前だ、マルコ」
バレルがポンとマルコの肩を叩く。
「そう言っていただけると嬉しいです。俺もたまにここに来て手伝えることがあればと思っているのですが……何かありますか?」
その時、ずっと話を聞いていたフリントが姿勢を正して声をかけた。
「マルコさんは、武芸の達人ですよね?」
「まあ、改めて言われると照れるけど、そうだね。何かあったのかい?」
「できれば、俺にも武芸の稽古をつけていただきたいのです……!」
フリントは真剣な眼差しでマルコを見つめた。
「ん? どうしたんだフリント、急に?」
バレルが不思議そうに尋ねる。
「パワードスーツをいくら強化しても、装着している俺自身の身のこなしが悪かったら、実戦で足を引っ張りかねません。できるだけ、俺自身も身体を鍛えておきたいんです」
フリントの固い決意に、マルコは力強く頷いた。
「いいよ。じゃあ、早速いこうか?」
マルコは立ち上がり、日差しの差し込む広場のほうを指さした。
「はい!」
フリントも力強く答え、勢いよく腰を上げた。
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プラウデン拠点の広場。
マルコはまず基本となる型を示した。土煙が舞い上がるほどの力強い踏み込みとともに、鋭く真っ直ぐに正拳を突き出してみせる。
「じゃあ、次はフリント、やってごらん」
フリントの踏み込みにはまだ土煙が立つほどの威力はなかったが、驚くべきことに、マルコと寸分違わぬ正確なフォームで正拳を突き出してみせた。
「おお……筋がいいな。飲み込みが早い。では、次はこれだ」
マルコは感心しつつ、肘を打ち出す型、低い姿勢から掌を打つ型、足さばきと連動した蹴りの型など、次々に技を繰り出していく。
フリントは、提示されたすべての型を、一度見ただけで完璧にトレースし、同じ動きを寸分の狂いもなく再現してみせた。
30ほどの型を教え終えた頃、マルコが思わず動きを止めた。
「ちょ、ちょっと待って……これは凄いな。……今まで見せた型を、今度は一人で通してやってごらん」
「はい、わかりました」
フリントはそう答えると、先ほど見せられた30を超える複雑な型を、順番通り正確無比に繰り返してみせた。
「フリントに、こんな才能があったとは……」
傍らで見守っていたバレルが、あまりの光景に目を丸くする。
「百年に一人の逸材ですよ、これは……」
マルコは腕組みをし、深く頷いた。
フリントは大袈裟だなあと言いたげな表情を浮かべる。
「そうですかね……? 見たものをそのまま繰り返しただけですが……」
「そんなことないよ! 普通はその型を頭で覚えるだけでも一ヶ月はかかるものだ」
マルコは興奮を抑えきれない様子で首を振った。
「いやあ、明日からの指導が楽しみだなあ!」
「明日から……ですか?」
「ああ、そうだ。明日から毎日ここに稽古をつけに来るよ。ただ、明日からは型だけじゃなく、基礎体力作り……走ったり、筋力をつけたり、基本的な体力を引き上げるところからやってもらうがね」
「もちろんです! むしろ今の俺には、それがいちばん必要です。よろしくお願いします!」
フリントは嬉しそうに深々と頭を下げた。
「良かったなあ、フリント!」
バレルがフリントの背中をバシッと叩く。
「はい!」
爽やかな風が吹き抜けるプラウデンの拠点。
天才的な記憶力と観察眼を持つ若き技術者の、新たなる挑戦が静かに始まったのだった。




