第108話:絆の託歌、静寂への空間門
プラウデンの町の広場へ、巨大な飛空艇がゆっくりと舞い降りた。
タラップから降り立ったトリスタンたちの目に飛び込んできたのは、至る所で活気ある作業風景が繰り広げられる、生まれ変わりつつある町の姿だった。
整えられた街路や街道、流通を支える施設、ぽつりぽつりとでき始めた商店。かつて悲劇に遭い、この地に逃げ延びてきた人々が、再起を懸けて奮闘する熱気が町全体に溢れかえっている。
「プラウデンの町もどんどん変わっていってる。もう死んだ町なんかじゃない……良かったね、フリント」
町を見回すトリスタンが、どこか嬉しそうに声をかける。
「バレルさんと、マルコさんのおかげさ」
フリントは誇らしげにニッコリと微笑んだ。
やがて一行は、かつて『鋼鉄の要塞』が建っていた場所へとやってきた。
広い敷地をぐるりと囲むように、頑丈で造りの良い木組みの塀がしっかりと巡らされている。
大きな門が開かれると、馬車が余裕を持ってすれ違えるほどの広い道が続いていた。
「うわあ……! 全然違うね、びっくりだよ。ここが、あの鋼鉄の要塞の跡地だとはとても思えない……」
トリスタンは目の前の光景に思わず呆気にとられた。
壊された要塞の瓦礫は綺麗に撤去されて美しく整地され、モダンなログハウスやガレージが整然と建ち並んでいる。中央には心地よい広場まで整備されていた。
機能美を極めた無駄のないデザインは、とても急場しのぎで作られたとは思えないほどの完成度だ。奥のほうではまだ建築中の建物が見え隠れし、職人たちが活発に作業を続けていた。
「すごいな。本当に粉々に破壊されたのか、ここが? 全然そんな風には見えないが……」
カイエンが感心したようにバレルを見る。
「まあな。ガレージや研究施設、居住スペースは何とか揃えた。剣の訓練ができる広場もあるぞ。まだまだ建築途中だけどな」
バレルが胸を張り、腕組みをしながら辺りを見回した。
「トリスタン、君に見せたいものがあるんだ」
フリントが声をかける。
「え? 何だい?」
トリスタンはフリントの後に続いてガレージの奥へと向かった。フリントが中央に置かれた大きな布を勢いよく引っ張る。
露わになったのは、傷一つなく美しく修復された『ブロード・カタナ-TR』であった。
「これは、クリストフが俺たちに遺してくれた形見だ。何とか元の状態にまでは修復できた。でも、色々とトリスタンの身体に合わせてカスタマイズしなきゃいけない部分がある。……これは、君に乗ってもらいたいんだ。クリストフを受け継ぐのは、君しかいない。そうだろ?」
フリントの瞳には、熱い期待と信頼が宿っていた。
だが次の瞬間――トリスタンは左手と上の右手で、フリントの両肩をガシッと掴むと、激しく首を振った。
「え……?」
「これは僕が乗るわけにはいかない。君が乗ってくれ、フリント……!」
トリスタンがフリントの目を真っ直ぐに見つめる。
「え? 何でだよ!? 俺には無理だよ、分かるだろ? 俺は剣が振れないんだ……この機体の『エクスカリバー』を活かせない……!」
トリスタンの目から、途端に大粒の涙が溢れ出してきた。
「どうしたんだよ……トリスタン……!」
予想外の涙にフリントが狼狽える。
「僕と一緒に戦うつもりなら、これを君が装着してくれ……! 君の頭脳と最高の技術で……とにかく、死なないでくれ……! もう嫌なんだ、これ以上大切な人を失うのは!! もし君までいなくなったら、僕は……僕は……ッ!」
トリスタンはフリントの胸に顔をうずめ、激しく号泣した。溢れ出る嗚咽に、それ以上の言葉は続かない。
フリントは両肩に乗せられたトリスタンの手をそっと外すと、トリスタンの肩を優しく掴み直し、その顔を深く覗き込んだ。
「分かったよ、トリスタン。カタナには俺が乗る。俺が乗るよ、任せてくれ」
フリントが優しく力強い声で囁く。トリスタンは涙をこぼしながら「うん、うん」と何度も頷いた。
「ありがとう……フリント……」
「でもな、トリスタン」
「え……?」
「俺だって君を失いたくない。それだけは絶対に嫌だ。パワードスーツを持たず、君はどうやって身を守るんだ?」
思いがけない突きつけに、トリスタンは涙を拭いながら言葉に詰まった。
そのやり取りを見守っていたカイエンが、腕組みを解いて前に出た。
「それなら、静寂の里で修行するか?」
「静寂の里……ですか?」
「そうだ。静寂の里の修行は過酷だが、短期間で十分に強くなれる。どうだ? 覚悟はあるか、トリスタン」
カイエンが鋭い眼光で問う。
「ぜひ、お願いします! 修行させてください!」
トリスタンは迷いのない真剣な眼差しで即答した。
「なあ……その静寂の里の修行はどのくらいかかるんだ?」
バレルが尋ねる。
「そうだな……数ヶ月くらいかな」
「そうか……」
カイエンの言葉を受け、バレルはフリントの背中をポンと叩いた。
「その数ヶ月の間に、こっちもそのカタナをお前専用にカスタマイズしておかないとな」
「はい!」
フリントも力強く頷いた。
トリスタンはフリントを見つめ、少し切なさの混じった笑みを浮かべた。
「また、しばらくお別れだね、フリント。まるで、あの『出会いと別れの酒場』のときのようだ。覚えてる?」
「当たり前だろ! 俺たちは何度でもやり直せる。何度でも、また強くなれる!」
言葉を交わさずとも、互いの瞳の中に揺るぎない確信があった。
「よし、それじゃカイエンさん、よろしくお願いします。行きましょう!」
そう言ってトリスタンが門の方へ歩き出そうとすると、カイエンが呼び止めた。
「おい待て、そっちからは行かないぞ?」
「え? じゃあ、どこから……」
カイエンがニヤリと不敵に笑う。
「サヤ、頼む」
サヤは微笑んで頷くと、『キリコ』を滑らかに抜き放ち、目の前の空をスッと切り裂いた。
響くように空間が割れ、その向こう側に『静寂の里』へと続く道が現れる。
「そ、そんなのズルい!」
目の前の怪現象に、フリントは思わず叫び声をあげた。トリスタンは目を丸くして驚いた。
エルムとサヤが一礼すると、そのまま空間の裂け目へと足を踏み入れていく。
「来い、トリスタン」
カイエンが手招きし、続いて裂け目へ入った。
トリスタンは振り返り、最後にもう一度フリントを見つめた。
「また、必ず戻ってくるから」
「もちろんだ。また俺とお前が会った時――」
「その時は、本当のチームになる!」
トリスタンはフリントの誓いに力強く頷くと、空間の裂け目へと飛び込んだ。
やがて空間の亀裂は、何事もなかったかのように静かに閉じられたのだった。




