第107話:裏切りの報せ、ひとつの絆
港町ブラントンの海沿いに位置する討伐隊訓練場。カイエンたちが滞在する一室のドアに、再びトントンと軽やかなノックの音が響いた。
ガチャリと音を立てて顔を出したカイエンが、目を見開く。
「おはよう、トリスタン。どうした? その格好は」
そこに立っていたのは、しっかりと旅支度を整えたトリスタンの姿だった。
「すみません。ご相談があるのですが……」
トリスタンは深く頭を下げた。
「ああ、いいって。俺たちに遠慮なんて要らん。まずは中に入れ」
カイエンはトリスタンを部屋の中へ招き入れると、エルムとサヤが待つテーブルの席へと促した。トリスタンの真向かいにカイエンが腰を下ろす。
「で、相談ってのは?」
「まことに勝手なお願いなのですが……」
トリスタンはまっすぐな瞳でカイエンを見つめた。
「僕はフリントと約束をしました。やる気が出たら、プラウデンに戻るって」
傍らに置いた黒いケース――受け継がれし『クロイツ』を愛おしそうに撫でる。
「こうしてクロイツという新しい武器もいただき、今の僕には目指すべき目的ができました。このまま訓練場で鍛錬を積むのもいいですが、僕は一度、プラウデンの要塞に戻りたいのです」
一息に語り終えたトリスタンを見て、カイエンのいかつい表情がふっと緩んだ。
「そうか。そりゃ良かった」
「え……?」
「いやな、俺たちもいつまでもここに長居するわけにはいかないんでね。それに、いずれバレルのところにも顔を出さなきゃいけないと思っていたところなんだ」
カイエンはエルムとサヤへ視線を向けた。
「すまないが、早速支度してくれ」
「了解です!」
エルムとサヤは力強く頷くと立ち上がり、手際よく荷物をまとめ始めた。カイエンは微笑みを浮かべ、トリスタンに向き直る。
「じゃあ、バレルに連絡を入れるぞ。いいか?」
「はい! ぜひ、お願いします!」
トリスタンは満面の笑みで大きく頷いた。
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しばらくして、カイエン、トリスタン、エルム、サヤの4人はブラントンの港へと向かった。そこには、流線形の美しいフォルムを誇るあの巨大な帆船が停泊していた。
「よう! 迎えに来たぞ!」
バレルが大きく手を振り、笑顔で4人を出迎える。
「悪いなバレル、だいぶ待たせてしまって」
カイエンが声をかけると、バレルは苦笑いを浮かべた。
「いや……こっちも色々と大変でバタバタしててな。むしろ時間が足りないくらいだったよ」
「……ん? 何かあったのか?」
「まあ、とりあえず船に乗れ。詳しいことは中で話そう」
バレルがタラップを示して誘導する。荷物を抱えた4人は、美しい帆船の内部へと足を踏み入れた。
物置スペースに一旦荷物を預けた後、4人は8人掛けの大きなテーブルが備え付けられた広い部屋へと通された。
その室内の席で、フリントが彼らを待っていた。
「やっと元気になったか、トリスタン」
フリントが満面の笑みで立ち上がり、トリスタンを迎える。
「ごめんねフリント、心配かけちゃって……」
「いいんだ。さあ座ってくれ。みなさんもどうぞどうぞ!」
フリントに促され、カイエン、エルム、サヤ、そしてバレルが椅子を引き、大きなテーブルへと着席した。トリスタンもフリントの隣へ腰を下ろす。
すると、フリントの表情から笑みが消え、真剣な眼差しでトリスタンを見つめた。
「トリスタン……俺の話を、落ち着いて聞いてほしい」
「え? どうしたの……? 何かあったの、フリント」
トリスタンが困惑気味に尋ねる。フリントは固い声で切り出した。
「あのさ……ヴァレリアが、実はブランゼル王国の『王女』だったんだ」
「……っ!?」
一瞬、トリスタンは何を言われたのか理解できないといった顔をした。
「また……僕のことを試してるんでしょ? 本当は何なの……?」
あまりに唐突で衝撃的な内容に、トリスタンは引きつった笑みを浮かべて首を振る。だが、フリントの瞳に揺らぎは一切なかった。
「本当のことなんだ、トリスタン。ヴァレリアがブランゼル王国の王女だというのは、紛れもない事実なんだ……!」
「そんな……」
絶望的な事実に直面し、トリスタンは絶句した。深く傷つき、衝撃に言葉を失う。
「俺たちは、ずっと裏切られ続けていたんだ……」
フリントの言葉に重い沈黙が流れる。そこへバレルが静かに補足した。
「ヴァレリアの軍勢に『鋼鉄の要塞』が木っ端みじんに破壊されてな。ひどい有様だったよ、ありゃあ」
「そ、それじゃあ、フリントやバレルさんは今どうしているんですか!? この飛空艇を拠点に……?」
「いや、近隣の方たちやプリコーグの職人さんたちがすごく良くしてくれてさ」
フリントがどこか誇らしげに語り始める。
「バレルさんのP-LOTで瓦礫を片付けて、綺麗に整地してさ。あっという間だったよ。今ではちょっとした研究施設みたいになってて、要塞の頃よりも使いやすいくらいなんだ。早く見せたいよ!」
「さすがだね、フリント……。落ち込んでいないようで安心したよ」
前を向いて逞しく笑う親友の姿に、トリスタンも少しほっとしたように笑みを返した。
「でな……ヴァレリアの奴、捨て台詞代わりに『この地図』を残していったんだ」
バレルが一枚の地図をテーブルの上に広げた。カイエンが腕組みをしながら、鋭い眼光でその紙面を覗き込む。
「印が付いているな……この場所は何だ?」
「おそらく、ブランゼル王国の本拠地か何かでしょう」
フリントの目が鋭く光る。
「これは……罠だな」
カイエンが冷静に言い放った。
「しかし、俺は諦めません」
フリントは譲らない強い意志を示した。
「まあカイエンの言う通り、明らかに敵の誘い出しだ。このまま丸腰で突っ込んでいくわけにはいかん。数ヶ月か、あるいは1年以上か……こちらもじっくりと準備が必要だな」
バレルが深く腕組みをして頷く。その時、それまで静かに話を聞いていたエルムが勢いよく立ち上がった。
「そこは……僕も行かせてください! 僕はどうしても、デイルの遺志を継ぎたいんだ!」
熱を帯びるエルムの叫びに、カイエンは力強く頷いた。
「そうだな。今はどこにいるか分からないヴァルガスを探すより、ハッキリと場所が割れているこちらを優先すべきだ」
バレルが一同の顔を見渡し、テーブルをポンと叩いた。
「よし! ここからは今までみたいに二組に分かれて探る意味もない。全員が一致団結して、ひとつのチームとなって戦おう!」
熱い決意が部屋を満たす。
大空を駆ける巨大な飛空艇は、湧き立つ雲を力強くかき分けながら、新たなる大きな目的とひとつの絆を乗せて、一路、プラウデンの町を目指して大空を進み続けるのであった。




