第6話 STR極振りの腕相撲無双!
ギルドの荒くれ者との腕相撲勝負がいよいよ始まります。
8歳の少女の姿をしたハルに、勝ち目はあるのか?
冒険者ギルドの酒場は、むせ返るようなアルコールの匂いと、荒くれ者たちの放つ異様な熱気に包まれていた。
今まさに、8歳の幼女とチンピラ冒険者による腕相撲対決という、前代未聞の余興が始まろうとしているのだ。ギルド中の注目が集まらないわけがない。
「HEY! 冒険者諸君! もう安心だ! なぜって? 私が司会として来たからさァ!!」
突如、酒場の中央に鼓膜を震わせるような野太い声が響き渡った。
いつの間にか場を仕切っているのは、はち切れんばかりの大胸筋を見せつけるように仁王立ちする、筋骨隆々とした大柄な男だった。金髪をオールバックにし、白く輝く歯を見せて笑うその姿は、どこからどう見てもアメコミのスーパーヒーローである。
「今から、魂と魂がぶつかり合う腕相撲勝負の開幕だァーッ!!」
司会の男が天高く拳を突き上げると、酔っ払った冒険者たちから「うおおおおっ!」と地鳴りのような歓声が上がる。
「まずは、選手紹介といこう! 赤きモヒカンがトレードマーク、酔いどれのハンズ! みんなも知っての通り、依頼もろくにこなさず、いつもこの酒場で酔い潰れている底辺のD級冒険者だァ!」
司会の男が大げさな身振りでハンズを指差すと、客席からドッと爆笑とヤジが飛んだ。
「今回はいつもにも増して気合いは十分! 勝てば今日の酒代がタダになるという、極めて不純な動機が彼を突き動かしているゥ!」
ケイの予想通り、やはり大した冒険者ではなかったらしい。散々な言われようだが、ハンズ本人は「うるせぇ! 酒のためなら何でもしてやらぁ!」と鼻息を荒くしている。
「対するは! 若干8歳の可憐なる少女、ハルゥゥ!!」
司会の男が今度はハルを両手で示すと、先ほどのハンズの時とは比べ物にならないほどの、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「彼女が成人していればハンズごとき瞬殺だろうが、いかんせん若すぎる! あと10年、いや、せめて8年後なら希望もあったかもしれない! 果たして、この絶望的な体格差を前に、少女はどのように立ち向かうのかァ!?」
「ハルちゃーん! 負けても俺がジュース奢ってやるからなー!」
野次馬たちの熱狂は最高潮に達していた。
「HAHAHA! それでは早速、お待ちかねのベットタイムだ!」
司会の男が大きな布袋を広げると、冒険者たちが一斉に群がり、己の賭け金を放り込み始めた。どうやら、この勝負はギルド公認の賭けの対象になっているようだ。
ひとしきり集金が終わった後、司会の男は少し離れた場所で見守っていたケイの前に歩み寄ってきた。
「そこの少年! 君はハルの相棒だね? 君も運命にベットしてみるかい!?」
「え、えっと……お金はないんですけど、これでもいいですか?」
ケイはポケットから、先ほど平原で乱獲したスライムの魔石を取り出し、司会の男の大きな掌に乗せた。
「ふむ! これはスライムの魔石だね! 買取相場は1個10アデナ。それが10個あるから、100アデナ相当だ! いいだろう、確かに受け取ったぞ少年! 君の勇気に乾杯だ!」
換金前のアイテムだが、司会の男は白い歯を見せて快く受け取ってくれた。おそらく彼の好意だろう。
こうして、ケイはハルの勝利に100アデナを賭けることになった。
* * *
ギルドの中央。厚さ十センチはあるオーク材の頑丈なテーブルを挟み、ハルとハンズが対峙する。
ハンズの腕と、枯れ枝のように細い8歳児のハルの腕が、テーブルの上でしっかりと組み合わされた。ハンズは下卑た笑みを浮かべているが、ハルは涼しい顔で、ただじっと相手の目を見据えている。
「では、双方スタンバイ! 限界を超えていけ! レディィィィ……GOォォォッ!!」
司会の男が勢いよく腕を振り下ろした、まさにその瞬間だった。
——ドゴォォォォォォォォォンッ!!
「え?」
大砲を至近距離で撃ち放ったかのような轟音がギルド内に響き渡った。
ハンズの口から間抜けな声が漏れる。彼が状況を理解するよりも早く、決着はついていた。
ハルが『ただ腕を下に倒した』だけ。
たったそれだけの動作で、ハンズの腕は強引にへし折られんばかりの勢いで振り抜かれ、厚さ十センチのオーク材のテーブルを粉砕して、床板にまでめり込んでいたのだ。
木端微塵に砕け散ったテーブルの木片が宙を舞う。
瞬殺。圧倒的な力による蹂躙。
一瞬の静寂。誰もが息を呑み、目の前の光景が信じられずに固まっていた。
やがて、誰かがポツリと漏らした感嘆の声を皮切りに。
「「「うおおおおおおおおっっ!!!」」」
ギルドの屋根を吹き飛ばすほどの、狂乱の大歓声が爆発した。
「い、痛ぇぇぇっ!? な、何が起きたんだ……!?」
ハンズは瓦礫の中から真っ赤に腫れ上がった腕を引き抜き、涙目で周囲を見回した。しかし、彼に向けられるのは同情ではなく、容赦のない嘲笑の嵐だった。
「うっぷ! だっさ! あんな小さい子供に一瞬で負けるとか!」
「口だけのD級って本当だったのね〜。信じられな〜い!」
女性の冒険者たちからもクスクスと笑い声が上がり、ハンズの顔は瞬く間に茹でダコのように真っ赤に染まった。
「お、お、覚えてやがれぇぇっ!!」
プライドを粉々に砕かれたハンズは、腕を押さえながら、ギルドの入り口から脱兎のごとく逃げ出していった。
「HAHAHA! 素晴らしいパワーだ少女よ! さて、そこの少年!」
興奮冷めやらぬ中、司会の男が満面の笑みでケイの元へと歩み寄ってくる。
「今回の賭けなんだがね! なんと、あの状況でハルにベットしていたのは、少年、君ただ一人だったんだ! つまり! この賭け金はすべて、君の総取りというわけだァ!」
どうやら、他の冒険者たちは全員がハンズの勝利(というより、物理的な体格差)に賭けていたらしい。常識的に考えれば無理もない話だ。
「少年の取り分は、驚愕の20万アデナだァーッ! 私からのお祝い(チップ)も少し色をつけておいたぞォ!」
司会の男は声高らかにそう叫ぶと、ケイの細い腕をガシッと掴み、チャンピオンのように高々と天井へ向かって掲げた。
同時に、周囲の冒険者たちから「すげえぞ坊主!」「いい相棒を持ったな!」と、惜しみない拍手と喝采が沸き起こる。
「に、20万……!?」
ケイは呆然としながら、ずっしりと重い皮袋を受け取った。中には大量の硬貨と、自分が先ほど渡したスライムの魔石10個がそのまま入っていた。
宿代はハルと別々の部屋で一泊食事付きで4000アデナ。20万アデナもあれば、当分の間は野垂れ死ぬ心配はない。
(よかった……これでしばらくは生きていける……!)
異世界での初めての荒稼ぎに、ケイは心底ホッとして、大きく安堵の息を吐くのだった。
第6話をお読みいただき、ありがとうございました!
ハルのステータス(筋力)が、ついに火を噴きました(笑)。
テーブルごと粉砕するヒロイン……これでようやく冒険者らしい活動資金が手に入りましたね。
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