第9話:マリアベルの「悪役令嬢」計画、自爆。
私が帝国で「仕事中毒」という名の平穏を享受している頃。
アウグスト王国の王宮では、ある一人の令嬢が絶望の淵に立たされていました。
「……ねえ、これ、どういうことなの!? なんで数字が勝手に増えたり減ったりするのよ! この魔導計算機、壊れているわ!」
かつての私の執務室。
そこでは、桃色の髪を振り乱したマリアベルが、山のような決算書類を前にして発狂していました。
彼女の隣には、かつて私を「冷酷な悪女」と罵り、彼女を「真実の愛」の伴侶として選んだルイス王子が、これまたひどい顔色で突っ立っています。
「マリアベル……。君が『セシリアは無駄な書類を増やして僕たちを遠ざけているだけ。私ならもっとシンプルに国をキラキラさせられる』と言ったんじゃないか。……早く、この今月末の給与支払いの承認をしてくれ。衛兵たちが『給料が出ないなら帝国の土木作業員に応募する』と言い出しているんだぞ!」
「キラキラさせるって、そういう意味じゃないわよ! もっと、こう……パーティーを主催したり、新しいドレスを流行らせたり……! なんで私が、小麦の輸入価格の変動グラフなんて見なきゃいけないのよ! セシリアが、セシリアがもっと分かりやすく整理しておかなかったのが悪いのよ!」
……。
もし私がここにいたら、眼鏡(※仕事中だけかけるやつ)のブリッジを指で押し上げながら、こう告げたことでしょう。
「マリアベル様。それはグラフではなく、単なる『在庫一覧表』ですわ。文字が読めるのでしたら、そこから先は算数の問題です」と。
マリアベルは、セシリアがいなくなった後の王宮を、自分たちが自由に振る舞える「楽園」だと思い込んでいました。
邪魔な小言を言う婚約者はいなくなり、予算は自分たちの思いのまま。
ですが、彼女たちが気づいていなかった残酷な真実が一つ。
それは、彼らが「思いのまま」に使うための金を引き出し、計算し、滞りなく流通させていた「魔法のような仕組み(システム)」そのものが、セシリア・フォン・クロイツという個人によって、たった一人で維持されていたという事実です。
「……マリアベル様ぁ。王宮お抱えの商会の者たちが、裏口で騒いでおりますぅ……」
控えていた侍女が、震えながら報告に来ました。
彼女たちも、セシリアがいなくなってからというもの、休憩時間はおろか夕食の時間さえまともに取れなくなっています。
「商会? あいつら、私を誰だと思っているの! 未来の王妃よ! 代金なんて、適当に国庫から……」
「……その国庫が、空なんです! セシリア様が最後にサインした『緊急経済対策予備費』の引き出し条件が、彼女の固有魔力認証だったそうで……! 誰も、一枚の金貨すら取り出せないんです!」
「な、……なんですってぇ!?!? あの悪女、そんなところにトラップを……っ!」
……いいえ、トラップではありませんわ、マリアベル様。
それは、王室の資金を「私利私欲による不正流出」から守るための、極めて真っ当なセキュリティ設定です。
真っ当すぎて、今のあなたたちには絶対に突破できないだけなのですよ。
一方、ルイス王子は、セシリアから渡された「未承認書類リスト」の最後の一枚を握りしめ、震えていました。
『備考:マリアベル様が新調された特注ドレス二十着分の代金は、ルイス殿下の私有財産から差し引くよう手配済みです。国庫は公共のものですので。 セシリア』
「セ……セシリアぁぁぁぁ!! 君、君はどこまで……どこまで僕を苦しめれば気が済むんだぁぁ!!」
自業自得、という四文字熟語を教壇に並べて一万回音読して差し上げたいところですが、既に手遅れ。
マリアベルは、かつて自分が「悪役」に仕立て上げた女性の残した『仕事の重み』という名の鉄槌に、そのか細い肩をへし折られそうになっていたのでした。
第9話、お読みいただきありがとうございました!
祖国側での「自爆」ざまぁ回、楽しんでいただけましたでしょうか。
マリアベルのぶりっ子才能が、冷烈な事務作業の前では1ミリも役に立たないという無常感……。セシリアが仕掛けておいた「健全なセキュリティ(固有魔力認証)」、これぞ有能令嬢のホワイトなトラップですわね(笑)。
次回、第10話「帝国の「事務の聖女」降臨」。
いよいよセシリアの「帝都デビュー」です。皇帝陛下によるドヤ顔披露(?)と、民衆の熱狂をマシマシでお届けしますわ!
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皆様の評価が、セシリアのホワイト帝国での「業績」をさらに輝かせますの!




