第10話:帝国の「事務の聖女」降臨
帝都アウグストの中央広場。
この日は、多くの市民、そして近隣諸国からの使節団が集まり、異様な熱気に包まれていました。
中央の壇上に鎮座しているのは、最新鋭の『魔導トラクター(農業用)』。アウグスト帝国の食糧自給率を次なる次元へと押し上げる、皇帝レオンハルト陛下が推進してきた国家プロジェクトの結晶です。
「……セセセ、セシリア様。あの、本当に、私が説明を行わなくてもよろしいので?」
舞台裏。
宰相クリス様が、震える手で式の進行台本を握りしめ、私に確認してきました。
彼はこの数日間、私の「指導」のもと、資料の簡略化と数値の整合性チェックを完璧に叩き込まれ、もはや事務処理能力は劇的に向上していますが……。
「ええ。クリス様には他にやるべき政務がありますわ。このプロジェクトの経理上の『最適化』を、いかに少ない魔石で最大効率を出したか――それを民衆に分かりやすく伝えるのは、実際に計算を組み替えた私の役目です」
私は、レオンハルト陛下が「君によく似合う」と言って特注してくれた、帝国の月と太陽を模した気品ある青いドレスの裾を整え、鏡を見ました。
かつての私は、三日徹夜の隈だらけの顔で、ボロボロの執務服を着て、誰からも見られない部屋で計算し続けていました。
ですが、今は違います。
正しく評価され、正しく愛され、正しく『休息』と『仕事』のバランスを取った結果……今の私は、自分でも驚くほど、一人の令嬢として輝いていました。
「……セシリア。準備はいいか」
控え室に、レオンハルト陛下が現れました。
漆黒の軍服を見事に着こなし、威厳を全身から放つ姿は、相変わらず目が眩むほどです。
彼は私の前に立つと、自然な動作で私の手を取り、その甲に優しく唇を落としました。
「緊張しているのなら、私がすべて説明してもいいのだぞ? 貴様はただ、私の横で微笑んでいればいい」
「お気遣い痛み入ります、陛下。……ですが、これは私の『作品』ですわ。自分の足で立ち、自分の言葉で、この国をいかに豊かにするかを語らせてください」
「……フッ。やはり貴様は、檻の中で飾っておけるような女ではないな。……行こう。世界に、私の自慢の……最高顧問を見せてやる」
扇に宿る陛下の瞳は、征服者としての冷徹さではなく、一人の女性を誇らしく思う慈愛に満ちていました。
壇上に現れた私たちに、地を揺るがすような拍手が送られました。
しかし、私がマイク(拡声魔導具)の前に立ち、資料を広げた瞬間、広場は水を打ったように静まり返りました。
人々の目には、「あの冷酷な皇帝が、わざわざ隣国から拾ってきた悪役令嬢とは何者か?」という、拭い切れない好奇心と一抹の不安が宿っていました。
「……帝国の皆々様。本プロジェクトにおける原価償却率の改善と、魔導出力の18%向上に関する最終報告を申し上げます」
私の凛とした声が響き渡ります。
小難しい専門用語を並べるのではなく、いかにしてこの新しい技術が、農民の方々の『明日のパン』を増やし、商人の『流通コスト』を減らし、そして帝国の『税収』を未来へと繋ぎ止めるか。
私は、複雑な数値を誰にでも伝わる「希望の数字」へと変換し、一枚一枚、論理的な裏付けを提示していきました。
説明が終わる頃には、先ほどまでの不安な空気は微塵も残っていませんでした。
呆然と立ち尽くす使節団。そして、何かに打たれたように静まり返った後――。
「……す、すごい。数字で、あんなに鮮やかに未来が見えるのか!?」
「あの人が、セシリア様か! 仕事の聖女! 私たちのための女神だ!!」
割れんばかりの歓声。
それは、アウグスト王国で私がどれほど実績を上げても、決して得られることのなかった、真の意味での「評価」の嵐でした。
「セシリア。……見てみろ。これが、貴様が手に入れた『地位』だ」
陛下が隣で、満足そうに私の肩を抱き寄せました。
私は、頬を伝いそうになる熱いものを必死で堪えながら、これまでにない確かな足取りで、新しい祖国の光を全身に浴びていたのでした。
(あ、でも陛下。さっきの拍手のせいで、資料の最終ページに少し皺が寄ってしまいましたわ。……夜、アイロンをがけついでに、もう一度数値を再確認しておきますね?)
「…………。セシリア。……それは『仕事』だ。寝ろと言っただろう」
喜びも束の間。私のホワイトな新生活は、やっぱり陛下との「労働VS休息」の戦いへと引き戻されるのでした。
第10話、お読みいただきありがとうございました!
セシリアの「公的な評価」が最大化される、記念すべきエピソードでした。
冷酷皇帝レオンハルトが、彼女を道具ではなく「一人の自立した女性(最高顧問)」として誇りに思う姿、グッときましたわね。一方で、セシリアの仕事中毒癖は相変わらず……最後はやっぱり、いつもの「ホワイト攻防戦」でしたわ(笑)。
次回、第11話「恥知らずな使者、現る」。
そんなキラキラした日々に、汚れた祖国からの「使者」が泥を塗りに現れます。……いえ、盛大に返り討ちに遭いに来るだけかもしれませんわね!
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