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第8話:祖国からの、あまりに不愉快な招待状

 帝都の空気は今日も心地よく澄み渡っていました。

 ですがその静寂を切り裂くように、皇帝城の正門に一頭の軍馬が駆け込んできました。

 馬上の騎士が掲げているのは、アウグスト王国の紋章。かつて、私を「悪役」として追放した、あの泥沼のような祖国の印です。


 謁見の間。

 レオンハルト陛下が、玉座に深く腰掛け、届けられた一通の親書を手に取っていました。

 私はその少し後ろ、陛下の庇護下にある「客」として、事の成り行きを静かに見守っていました。


「クリス。これは何だ」


 陛下の声が低く波立ちました。

 傍らに立つクリス様は、既に顔色が真っ白になり、胃薬の瓶を必死に握りしめています。


「そ、……先日、アウグスト王国のルイス王太子より届けられた親書でございます。至急、陛下に直接お渡しするようにと……」


 陛下は無造作に封を切り、中にあった羊皮紙を広げました。

 そこには私の知るあの男――ルイス王子の、あまりにも乱雑で、かつ傲慢な筆致(※私が以前、矯正しようとして三日で逃げ出されたあの汚い字)で、信じがたい内容が綴られていました。


『レオンハルト皇帝へ。

 我が国の不肖の婚約者、セシリア・フォン・クロイツの件だ。

 彼女がいなくなったせいで、どういうわけか王宮の事務が少々(山積みで物理的に身動きが取れなくなるほど)滞っている。これは彼女が事前に仕組んだ嫌がらせに違いない。

 よって、私は寛大にも彼女への特赦を決定した。

 今すぐに彼女を我が国へ送り返したまえ。彼女も私の寛大さに涙を流して感謝し、以前のように馬車馬のごとく働くことを誓うだろう。 ルイス・フォン・グランツ』


 ……。

 沈黙。

 あまりの「現実の見えてなさ」に、私は怒りを通り越し、知性の欠落に対する深い憐憫さえ感じてしまいました。


(特赦? 感謝して戻る? ルイス殿下、あなたはまだ、私がいないと自分が公文書一通まともに発行できないことに気づいていないのですか?)


 ですが私の憐憫よりも早く、部屋全体の空気が「爆発」しました。


 パキィィィィィィン!!


 陛下の周囲にあるガラスの装飾が、見えない圧力によって一斉に砕け散りました。

 レオンハルト陛下の手の中で、羊皮紙が、バチバチと火花を散らすような音を立てて握りつぶされます。


「…………特赦だ、と?」


 陛下がゆっくりと立ち上がりました。

 その全身から放たれる殺気は、訓練された帝国の精鋭騎士たちでさえ膝を折るほどです。


「我が国の……いや、私の目の前で、ようやく安らぎを得た女を。『道具』のように呼び戻し、またあの泥の中へ放り込むと言うのか」


「へ、陛下! どうかご冷静に! これはただの無知な若造の!」


「黙れ、クリス!!」


 陛下の足元、最高級の大理石の床に亀裂が入りました。


「セシリア。貴様、あのような男のもとに戻りたいのか?」


 陛下が私を振り返りました。

 その瞳は怒りに燃えながらもどこか「捨てられた子犬」を案じるような、切ないほどの不安が一瞬だけよぎった気がしました。


 私は一歩前に出ました。

 そして陛下に向かって、これ以上ないほど美しい、完遂した仕事へのサインのような完璧な淑女の礼を捧げました。


「陛下。その紙を、私にくださいまし」


 陛下は握りつぶした羊皮紙を、少しためらってから私の手のひらへ落としました。

 私はそれを開いて皺を伸ばし、隅から隅まで確かめました。

 発信した官庁の名がどこにもありません。書記官の副署も、受理番号も同じでしたわ。


 国と国の間を渡る文書に書式が要るのは、格式のためではないのです。

 後になって誰が責任を負うのかを残しておく、そのための仕組みでございます。

 この一枚には、そのどれもありませんでした。


「クリス様。これは親書ではございませんわ。ただの私信です。我が帝国のどの棚に綴じればよろしくて?」


「ど、どこにも綴じられません。そんな棚、我が国にはございません」


「ええ。綴じる棚のない紙は、記録になりません」


 ――ビリッ。


 私はそれを縦に二つへ裂きました。

 大理石を割った先ほどの音に比べれば、ずいぶんと小さな音です。

 けれどその一音で、陛下の殺気が途切れました。


 私は二枚になった羊皮紙を、クリス様の手へ差し出しました。


「陛下。今の私にとって、アウグスト王国のルイス殿下は、既に『解約済みの契約書』以下の存在ですわ。たとえ世界が滅んでも私が自らあのブラックな職場に戻ることは、万に一つもございません」


「…………そうか」


 陛下の力がわずかに抜けました。

 ですがその瞳の奥の冷たい炎は、消えるどころかさらに激しく燃え上がり……ターゲットを祖国へと定めました。


「クリス。返書を書け。定型文など不要だ。ただ一文『セシリア・フォン・クロイツは、我が帝国の至宝である。不純な手で彼女の影を追うなら、その手ごと国を焼き払ってやる』とな」


「宣戦布告、承知いたしました(胃痛)」


 陛下。それは返書ではなく、文字通りの死刑宣告です。

 ですが私はその背中を見つめながら、こみ上げる笑みを抑えられませんでした。


(ああ。サインも印影も、もはや必要ありませんわね。この国なら、私の『価値』を、世界一高く査定してくれるのですから)


 一方その頃のアウグスト王国。

 ルイス王子はセシリアが戻ってくるのを待ちながら、山積みになった「緊急:国境閉鎖の警告」の書類を、面倒そうにゴミ箱へ捨てていたのでした。

ルイス王子の「お花畑」な思考に、陛下がガチギレする回、いかがでしたでしょうか。ありがとうございます!


セシリアの「解約済み(契約終了)」というクールな切り捨て、最高にスカッとしますわね! 陛下にとっても、セシリアはもはや手放せない「帝国の至宝」。……返書が死刑宣告になるのも頷けますわ。


次回、第9話「マリアベルの「悪役令嬢」計画、自爆。」。

セシリアの代わりに「真実の愛」のヒロイン・マリアベルが政務に挑みます。さて、あの机の上で何が起きますことやら。


もし「陛下のキレっぷりに惚れた!」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。

皆様の応援が、陛下の「独占欲」をさらに加速させてしまうかもしれませんわよ!

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