第63話:冷酷皇帝の絶対拒絶・最終回答
制度の再設計は、思いのほか順調に進みました。
問題は、その次に出てきた提案でございます。
総会十日目。議長席から、ケルニ王国の代表が立ち上がりました。
「新体制の常任書記長に、アウグスト帝国のセシリア・フォン・クロイツ皇后陛下を推挙いたします」
議場が、賛同の拍手で埋まりました。
私は、しばらく動けませんでした。
(……常任書記長)
十二か国の書類が集まる机。二百年ぶんの未整理。載らなかった議題の目録。分担金の再設計。議事録の全面公開。
それを、私が。
正直に申し上げます。
目の前が、明るくなりました。
(帳簿が、十二か国ぶん。……いいえ、いけません。落ち着きなさい、セシリア)
「皇后陛下。任期は五年、更新可。書記局の人員は増員を認めます。予算は繰越金から」
増員。
私は、ぐらりときました。十一名しかいなかった書記局に、人を入れられる。目が増えれば、二度と同じことは起きません。
「陛下のご許可さえいただければ――」
言いかけて、私は口を閉じました。
議場の入口に、レオンハルト様が立っておられたからです。
いつからそこにいらしたのでしょう。腕を組み、まっすぐに私を見ておられます。
「断る」
一言でした。
「へ、陛下。これは議場の総意でありまして」
「知らん」
レナルト侯の後任が慌てて言い募りますが、陛下は一瞥もなさいません。
そのままこちらへ歩いてきて、円卓の前で足を止められました。
「貴様ら、この女を五年借りるつもりか」
「借りる、というのは語弊が」
「では言い直せ。何年だ」
「……五年、更新可でございます」
陛下の目が、すっと細くなりました。
「更新可。つまり、返す気がないということだ」
議場が静まり返りました。
「セシリア」
陛下が、私に向き直りました。
「行きたいか」
……ずるうございます。
禁じるのではなく、聞くのですもの。
「陛下」
「答えろ」
私は、正直に申し上げました。
「行きたいですわ」
どよめきが上がりました。陛下は、瞬きもなさいません。
「十二か国ぶんの帳簿ですのよ。二百年の未整理ですのよ。しかも増員が認められておりますの。……事務官として、これほどの案件はもう二度と回ってまいりません」
私は一歩、円卓から下がりました。
「ですから、お断りいたしますわ」
陛下の眉が、わずかに動きました。
「なぜ」
「私、二百年ぶんを片づけるのに何年かかるか、もう計算いたしましたの」
私は微笑みました。
「十七年ですわ。人を入れて、様式を作り替えて、十七年。……その十七年、私はここに住むことになります」
議場の誰も、口を挟みませんでした。
「陛下。私、帝国で定時に帰る仕組みを作りました。教国で会計を壁に貼らせました。そして今、この機構を直しております」
私は陛下を見上げました。
「けれど、そのすべては"正しく働いた人が家に帰れるように"するためのものですわ。作った本人が十七年帰らないのでしたら、私は自分の仕事を、根っこから否定することになりますの」
しばらくの沈黙のあと、陛下が短く息を吐きました。
「……気に入らんな」
「あら。何がでしょう」
「貴様が自分で断ったことだ。俺が奪う場面だったはずだ」
まあ。
「では、奪ってくださいまし。今からでも」
陛下は答えの代わりに、私の手を取りました。そして議場の全員に向かって、はっきりと告げられました。
「常任書記長の職は、我が国が推す者を出す。この女は出さん」
「し、しかし後任の人選が」
「セシリアが育てる。三月で十分だろう」
「あら陛下。三月は無茶ですわ。半年はいただきませんと」
議場から、初めて笑いが起きました。
帰りの回廊で、陛下がぽつりとおっしゃいました。
「十七年、と言ったな」
「ええ」
「俺は、十七年でも待つ気だった」
私は足を止めました。
「……待つ、ですの」
「奪うと言ったのは強がりだ」
陛下は前を向いたまま、続けられました。
「貴様が本気で行きたいなら、俺は毎月シュタインへ通っていた。皇帝の執務を持って、この石の街へな」
私は、しばらく声が出ませんでした。
(……この方は、本当に)
「陛下」
「なんだ」
「それ、私が断らなかったら、大陸で一番非効率な通勤になっておりましたわよ」
「知っている」
私は笑って、それから、その腕にしがみつきました。
天井のない議場の上に、星が出ておりました。
陛下、平常運転……とは少し違いましたわね。お読みくださりありがとうございます!
第二部では「聖女を第二妃に」という縁談の横槍でした。今回は縁談ではなく、ヘッドハンティングですわ。……こちらのほうが、セシリアにはずっと効きます。十二か国ぶんの帳簿に増員つき。事務中毒には毒でしかございません(笑)。
そして陛下の「行きたいか」。禁じるのではなく、聞く。ずるいですわね。第一部の頃なら「行かせん」の一言だったはずですが、この方も変わったのです。
セシリアが断った理由が「作った本人が十七年帰らないなら、自分の仕事を根っこから否定することになる」だったのが、彼女の芯ですわ。ホワイトを説く人が自分だけブラックでいるのは、いちばん質の悪い裏切りですもの。
そして回廊の「十七年でも待つ気だった」。奪うと言ったのは強がりで、本当は毎月この石の街へ通うつもりだった――冷酷皇帝の溺愛、今回はここが頂点でしたわ。
「大陸で一番非効率な通勤」に「知っている」と返す陛下、大好きです。
次回、第64話「新しい公会議」。
制度が、生まれ変わりますわ。そして聖都から、懐かしい二人の手紙が届きますの。
もし「十七年でも待つ気だった」にやられましたら、ブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。皆様の応援が、大陸で一番非効率な通勤を回避させますの!




