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第6話:休息という名の拷問を耐え抜いた結果

 帝都アウグスト。

 この一週間、私は人生で最も過酷な試練に直面していました。


(……限界。もう、本当の意味で限界だわ……!!)


 私は今、帝城の一画にある、王宮の私の部屋よりも三倍は広いゲストルームで、最高級のシルクが張られたソファに身体を沈めています。

 窓の外には、整備された美しい中庭。テーブルの上には、有名な菓子職人が作ったと言われる宝石のようなマカロンと、淹れたてのハーブティー。

 どこからどう見ても、不遇の生活を脱した幸運な元令嬢の優雅な午後――ですが、私の内心は、全米が震撼するレベルの絶叫に支配されていました。


「……ペン。ペンをください。……あるいは、修正が必要な適当な予算書でも構わないの。……インクの匂いが、インクの匂いを嗅がないと、死んでしまうわ……!」


 そう。私は今、重度の『労働禁断症状』に襲われていました。


 あの日、国境でレオンハルト陛下に拾われてからというもの、私には『休息』という名の絶対命令が下されました。

 ペンを持つことはおろか、本を読むことさえ「目が疲れるだろう」と制限され、食事は栄養バランスが完璧に管理されたフルコース。散歩に出れば、筋骨隆々の近衛武官たちが「何かお困りですか?」「仕事のことなら我々が忘却させましょうか?」と、爽やかな笑顔(威圧感120%)で付き添ってくるのです。


 普通の女の子なら、ここで「陛下は本当にお優しい方……」と頬を染めて恋に落ちるのでしょう。

 ですが、三年間、睡眠時間を削ってまで決算書の矛盾を暴くことにアドレナリンを感じてきた私にとって、この「何もしなくていい時間」は、脳細胞が一つずつ死滅していくような、恐ろしい拷問以外の何物でもありませんでした。


(誰か。……誰か私に、承認印が必要な書類を持ってきて……! 印影が少しずれているのを厳しく指摘して、再提出を命じるあの快感を、今の私には必要なのよ……!)


 夜。

 時計の針が深夜の十二時を回った頃。

 監視の兵士たちの交代時間を、私は過去三日間のリサーチで完璧に把握していました。


「……今よ」


 私は忍び足で部屋を抜け出しました。

 向かうは、城内にある『行政第二特区』――つまり、帝国の事務処理を一手に担う宰相クリスさんの執務室です。

 陛下からは「絶対に近づくな」と厳命されていましたが、今の私には、彼の部屋から漏れ出す「過労のオーラ」が、暗闇を照らす希望の光に見えていました。


 廊下の角を曲がり、目的の扉の前に立つと、隙間から微かな光が漏れています。

 そして、そこから聞こえてくるのは……「ううっ、……もう見たくない……数字が踊っている……」という、魂の削れる音。


「……お邪魔しますわ、クリス様」


「…………はっ!? せ、せせせ……セシリア様!!?」


 扉を開けると、そこには案の定、山のような書類に埋もれ、髪を振り乱して白目を剥いているクリスさんの姿がありました。

 デスクの上は空になったコーヒーカップと、飲みかけの胃薬の瓶で溢れています。


「こんな夜更けに何を! 陛下に見つかったら、私の首が、物理的に、音速で飛びますよ!」


「大丈夫です。陛下は今、北方の部族会議の対応で、軍務局に詰め切りのはずですわ。……それより、クリス様」


 私は、彼のデスクに積まれた、一際高く、そして混沌とした雰囲気を放つ書類の束に手を伸ばしました。

 その瞬間、私の指先が、ピアノ奏者が鍵盤に触れるときのような、繊細でかつ情熱的な震えを見せました。


「……この案件、帝都北部の運河用地買収ですね。地主たちの要求額が、市場価格の三倍。……なのに、担当官の報告書は『誠意を持って交渉中』の一点張り。……典型的な、無能による停滞ですわ」


「えっ……? あ、あなた、これを見ただけでそこまで……?」


「クリス様。……ペンをお貸しなさい。三十分、いえ、十五分ください。彼らを一言も喋らせずにサインさせる、魔法の論理構成案を作って差し上げますわ」


 私の瞳には、獲物を狙う鷹のような、あるいは締め切り直前の作家のような、狂気混じりの光が宿っていたことでしょう。


「……あ、あの、セシリア様……?」


「さあ、早く! 今、私は最高に『キマって』いるんですの! 仕事これをしないと、明日の朝食が喉を通りませんわ!」


 その夜、クリスさんの執務室から「おお……!」という、絶望が希望に変わる瞬間の感嘆の声が漏れそうになるのを、私は彼の口を物理的に塞いで制止し続けました。


 ああ……。

 ペンを走らせる、この音。紙が擦れる、この感触。

 やっぱり、仕事ブラックは最高のアトラクションですわね!!


第6話、お読みいただきありがとうございました!

「休息が拷問」という、完全に社畜脳に染まりきったセシリアさんの暴走回でした。


クリスさんの胃痛が、セシリアの登場によって「別の理由(陛下の怒り)」にシフトしていく様も、本作の見どころですわ。仕事(効率化)こそが最高のアトラクション、そんな彼女の明日はどっちだ!?


次回、第7話「深夜の「密会」と、帝国の急成長」。

夜な夜な繰り返される「密会(という名の事務処理)」が、帝国を劇的に変えていきますわ!


もし「セシリアの禁断症状を治してあげたい!」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。

皆様の魔力供給(評価)が、セシリアの「ホワイトなワークライフバランス」を支える力になりますの!


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