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第5話:皇帝陛下は、令嬢を不器用に甘やかしたい

 アウグスト帝国の帝都、そのメインストリート。

 私は今、人生で最も戸惑う「公務」に直面していました。


「……セシリア。なぜ、さきほどから倉庫の積み上げ順序ばかりを凝視している」


 呆れ果てたような声が、隣から降ってきます。

 そこには、普段の軍服を脱ぎ捨て、上質な黒の私服に身を包んだレオンハルト陛下が立っていました。

 ただ立っているだけで、道ゆく令嬢たちが頬を染めて振り返るほどの美貌を、不機嫌そうに歪めています。


「申し訳ございません、陛下。……ですが、あの港湾荷役の導線、少し整理するだけで物流効率が15%は改善するかと……っ!」


「改善させなくていい。今日は買い物に来たと言っただろう。あちらの宝飾店はどうだ。貴様の瞳と同じ色のドレスもあるようだが」


「あちらの店は、さきほど裏口へ回る帳簿の付け方が少し不自然でした。恐らく脱税の疑いが……。それよりも、陛下、あちらの文房具店を見てください! あの特製インク、速乾性があって事務処理が捗りそうです!」


「…………」


 陛下が私の手を取り、強引に文房具店から遠ざけました。

 その大きな掌は驚くほど温かく、私は不覚にも心臓が跳ねるのを感じました。


「買い物だと言ったのだ。……事務用品ではなく、貴様を飾るものを買わせろ」


「……私を、飾るもの?」


「そうだ。……貴様は今まで、誰かのために、この国の誰よりも働いてきたのだろう。ならば、今日くらいは自分のために、自分のことだけを考えて金を使え」


 陛下は少し照れくさそうに視線を逸らしました。

 血塗られた皇帝。冷酷無慈悲な支配者。

 ですが、私の目の前にいるのは、ただただ不器用に、一人の令嬢を「甘やかそう」と全力を尽くしている男性でした。


 結局、私は陛下に押し切られる形で、美しい花の刺繍が入ったシルクのハンカチと、彼が「似合う」と言って譲らなかった小さな真珠の髪飾りを買っていただきました。


(……変な感じ。誰かのために働くのは得意だけど、自分のために何かをしてもらうのは、こんなにこそばゆいものなのね)


 夕暮れ時。

 帝都を見渡せる小高い丘の上で、私たちは馬車を止めました。

 黄金色に染まる街並みは、今まで執務室の窓からしか見たことのなかった景色よりも、何千倍も美しく見えました。


「セシリア。……私は無能を嫌うが、有能な者が壊れるのを黙って見ていられるほど、冷血でもない。……しばらくは、私の側で『ただの女』として過ごせ。政務はクリスたちに任せておけばいい」


「……陛下……」


「どうしても働きたいと言うなら、私の妃にでもなって、私の機嫌を取る仕事でも用意してやろうか?」


「えっ……!? ひ、妃!? それは……どのような契約形態、でしょうか……っ!」


「……フッ、やはり貴様は面白いな」


 陛下が声を立てて笑いました。

 その笑顔を見た瞬間、私の胸の奥に、仕事の「達成感」とは全く違う、甘酸っぱくて熱い何かが広がっていきました。


 婚約破棄されて、追放されて。

 人生どん底だと思っていたはずなのに。

 私は今、かつてないほどの幸福感に包まれているのですから。



――一方、その頃。アウグスト王国。


「だ、誰かいないのか! この書類にサインをしろ! 食糧庫の鍵が開かないんだ!!」


「殿下、もう誰もいませんよ……。文官たちは皆、隣国へ逃げ出しました」


「な、なんだと……!? セ、セシリア! セシリアはどこだ! 今すぐ、今すぐ連れ戻してこい!!」


 ルイス王子の叫びは、もはや誰の耳にも届きません。

 国民たちは、既に国境を越え、平和で活気ある『帝国』へと大移動を始めていたのですから。


 限界社畜令嬢の、本当の『自由』への物語は、まだ始まったばかりです。


第5話、お読みいただきありがとうございました!

不器用な陛下による「強制デート」回、楽しんでいただけましたでしょうか。


セシリアは仕事中毒すぎて、なかなか素直に甘えられませんが、陛下の全肯定パワーで少しずつ心が溶けていく予感がしますわね。そして崩壊の一途をたどる祖国……王子の絶叫が心地よいBGMですわ!


次回、第6話からは第2章! 「休息という名の拷問を耐え抜いた結果」。

帝都での本格的な「ホワイト生活」……のはずが、セシリアが暴走!?


もし「第1章、面白かったわ!」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。

皆様の熱い支持(魔力石)があれば、セシリアにさらなる「大型プロジェクト」が舞い込むかもしれません!

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