第4話:仕事中毒(ワークホリック)は、ホワイト環境でも無意識に無双する
三日間、私は文字通り「寝るのが仕事」という夢のような日々を過ごしました。
アウグスト帝国の帝都は、我が祖国よりも遥かに近代的で、活気に満ち溢れています。
案内されたのは、帝城にある豪華なゲストルーム。
広さは実家の私の部屋の三倍、寝心地は王宮の私の机の……比べるのも失礼ですね。
「……暇。死ぬほど、暇だわ」
到着して半日。
私は部屋の中に置かれた豪華なソファの上で、不自然に身悶えしていました。
そう、これが長年ブラック環境に身を置いてきた者の末路――『仕事がないことへの恐怖』です。
(何かしなきゃ。何かを承認したり、予算を再計算したり、誰かのミスを論理的に叩き潰したりしないと、落ち着かない……!)
レオンハルト陛下からは「絶対に働くな」と念を押されていますが、私の指先は、無意識に羽ペンを求めて空を切っています。
禁断症状です。もはや重症の社畜依存症と言っても過言ではありません。
「……ちょっとだけ。ちょっとだけ、城内を散歩するだけなら……」
私は豪華なドレス(※皇帝陛下が用意してくれた特注品)の裾を掴み、こっそりと部屋を抜け出しました。
目指す先は、城内の行政区。そこから漏れ出す「紙とインクの匂い」が、私の生存本能を呼び覚ましていたのです。
しばらく歩くと、案の定、殺伐とした空気が漂う廊下に行き着きました。
そこには、眉間に深い皺を刻み、胃を抑えながら山のような書類の束を運ぶ男性の姿が。
「陛下……せめてあと三日、期限を延ばしていただければ……ううっ……」
昨夜、陛下から『カフェインレスのハーブティー』を命じられていた、あの宰相のクリスさんです。
彼の不健康そうな顔色。引き攣った口角。そして、今にも崩れそうなほど高く積み上がった書類の山。
(……ああ、美しい。あの乱雑な書類の山を、項目別に整理して一掃したい……!!)
「その書類、私が整理しましょうか?」
「え? ……あ、あなたは昨日の……セ、セシリア様!?」
クリス様が驚きで書類を落としそうになりました。
私はすかさず、地面に落ちる前にその半分をキャッチします。
「これ、軍需品の発注リストですよね? ここ、五項目の単価設定が去年のままですよ。あと、こちらの物流ルートは今月半ばに嵐で寸断される予報が出ていますから、代替案を三つほど作成しておきました。……あ、ペン持ってます?」
「えっ? ええっ!? な、何ですか今のスピードは!?」
私は半ば無意識に、クリス様が抱えていた書類の束をその場に広げ、流れるような動作でペンを走らせました。
「この予算案、重複計上がありますね。削除。こっちは……不備。却下。これは認可。はい、次」
シュバババッ、という音が出るかのような速さで、クリス様が三日かけても終わらなかったはずの「難題」が、次々と片付いていきます。
「な、なんということだ……! 我が国の天才文官たちが十人がかりで匙を投げた港湾利権の計算を、十五分で……?」
「あの、クリス様。……悪いのですが、もっとありませんか? まだ脳の半分も動いていないんです。このままだと、暴れ出しそうで」
「暴れる!? ひ、執務室へどうぞ! いくらでもあります! むしろ助けてください、女神様!!」
一時間後。
宰相執務室にあった一ヶ月分の滞留書類が、全て「整列」を終えていました。
クリス様は、あまりの感動に床に膝をつき、私の手を拝むように握っています。
「セシリア様……! あなたさえいれば、私は……私は、今日、半年ぶりに家に帰れます!」
「よかったですね。……ああ、スッキリした。やっぱり仕事は最高のアトラクションだわ」
そんな感動的な師弟(?)の誕生シーンを、背後の扉を蹴破って現れた人物が灰にしました。
「……クリス。死にたいか」
氷原の底から響くような声。
そこには、鬼のような形相で立つ皇帝レオンハルト陛下の姿がありました。
「あ、陛下……! 違うんです、これはセシリア様が自らっ!」
「黙れ。……セシリア。貴様に与えた公務は『休息』だったはずだ」
陛下がズイ、と、私に詰め寄ります。
その迫力に、私は思わず後ろにのけ反りました。
「い、言い訳をさせてください! これはその、食後の運動といいますか、知的娯楽といいますか……!」
「……そうか。ならば、その溢れんばかりの活力を、別の場所へ使わせる必要があるようだな」
陛下は私の腰を引き寄せ、私の目を真っ直ぐに見つめました。
冷酷だと思っていた瞳。ですが、今は……獲物を追い詰めた時の、少しだけ楽しげな光が宿っています。
「明日は朝から空けておけ。一歩も机に近づけさせん。……デートだ」
「デ、デート!? それは……どのような種類の事務処理でしょうか!?」
「…………」
陛下が深い溜息をつきました。
私のホワイトな新生活。穏やかになると思いきや、別の意味で波乱に満ちてきそうです。
第4話、お読みいただきありがとうございました!
社畜の禁断症状を「仕事(他部署の肩代わり)」で解消してしまうセシリアさん回、楽しんでいただけましたでしょうか。
力技で休ませようとする冷酷皇帝陛下と、隙を突いて爆速で承認印を押すセシリア。この噛み合わないやり取りも、本作の醍醐味ですわ。宰相クリスさんは、すっかりセシリアの信徒になってしまいました。
次回、第5話「皇帝陛下は、令嬢を不器用に甘やかしたい」。
強行デート回(事務処理ではないやつ)の始まりですわ!
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皆様の応援が、セシリアの定時退社後のハッピーアワーを華やかにするエネルギーになりますのよ!




