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第3話:冷酷皇帝は、疲労困憊の令嬢を寝かしつけたい

 ふかふかの、雲の上にいるような心地でした。

 三日間という地獄の不眠不休を乗り越えた私の脳は、今、人生で最高度の多幸感に包まれています。


(……ああ、幸せ。これが、天国……)


 微かに漂う、上質な茶葉と……少しだけ鉄と革が混じったような、男らしい香り。

 ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともないような豪華な天蓋……ではなく、揺れる漆黒のカーテンと、向かいの席に座る『死神』でした。


「……起きたか。二時間しか経っていないぞ。まだ眠っていろと言ったはずだが」


 低い、身体の芯に響くような声。

 そこには、アウグスト帝国の皇帝、レオンハルト陛下が組んだ脚の上に肘をつき、鋭い眼光でこちらを凝視していました。


「ひゃいっ!? も、申し訳ございません! すぐに政務に戻ります!」


 社畜としての防衛本能が、私を跳ね起きさせました。

 そうだ、私は今、馬車の中で……仕事をして……。

 ……あれ?


「政務だと? そんなものはない。ここは我が愛馬車の中だ」


 レオンハルト陛下が忌々しげに鼻を鳴らしました。

 見れば、私の身体には、見たこともないほど分厚くて柔らかい毛布が何枚も掛けられていました。

 私は、皇帝陛下の私物と思われる馬車の中で、思いっきり横になっていたのです。


「あ、あの、陛下……私は、その……」


「座れ。そしてこれを飲め」


 差し出されたのは、銀のカップに入った温かな飲み物。

 口に含むと、ハチミツの甘さとハーブの香りが全身に染み渡りました。


「……落ち着いたか。貴様は、国境で私の前に倒れ込んできたのだ。文字通り、死に抗うような顔をしてな」


「ご、ご迷惑をおかけしました……」


「迷惑ではない。……不愉快なだけだ。有能な働き手が、あのような豚(王子)のせいで使い潰されるのはな」


 陛下は窓の外を見やり、冷酷な笑みを浮かべました。

 その視線の先にあるのは、私が捨ててきた祖国。


「クリスから報告が入っている。貴様が国を抜けた途端、検問所の魔法認証がエラーを吐き、王都からの定時連絡が途絶えたそうだ。……たった二時間で、だぞ?」


「……あ」


 そういえば、国境の結界の魔力供給と、王都の通信魔導具の同期最適化……私が寝る前に『ついでに』やっていた仕事でした。

 私がサインしなければ……いえ、私が魔力を流し続けなければ、あの国の魔法インフラは半日で完全に沈黙します。


(あら。思ったより早かったわね。……ふふっ、ざまぁ……ゴホン)


「なんだ、その笑みは。……いい、続けろ。貴様のような女が、あの国でどのような扱いを受けていたかは想像がつく」


 陛下はスッと手を伸ばし、私のこめかみ付近を……汚れを拭うように優しく指先でなぞりました。

 冷酷な手だと思っていましたが、不思議と熱を感じます。


「セシリア。我が帝国ここに、貴様を縛るノルマも、理不尽な上司もいない。望むならこのまま一生、帝都の別荘で飼ってやってもいいが……?」


「い、一生!? それは……いわゆる、ニートというやつでしょうか!?」


「…………ニート?」


 陛下の眉がピクリ、と動きました。


「……まあ、いい。貴様にはまず『休息』という公務を与えた。帝都に着くまでの三日間、食事と睡眠以外は一切禁ずる。……これは皇帝の、絶対の命令だ」


 三日間……寝放題。

 それは、私にとって「伝説の財宝」よりも輝かしい提案でした。


「……喜んで、拝命いたします……陛下」


 私は再び、ふかふかの毛布にくるまりました。

 隣国を恐怖で支配する『血塗られた皇帝』の馬車の中。

 普通なら生きた心地がしないはずの場所で、私は人生で最も深い、安らかな眠りへと落ちていったのでした。



一方、その頃。

アウグスト王国、ルイス王子の執務室では。


「な、なんだこれは!? なぜ魔法通信が繋がらない! 魔導師長は何をしている!」


「で、殿下! 魔導装置の内部回路が、セシリア様の固有魔力でしか認識しないよう組まれていたらしく……! 彼女がいなくなってから、供給が逆流して爆発しました!」


「なんだと!? あ、あり得ん! あんな可愛げのない女がいなくても、国は回るはずだ! おい、マリアベル! お前も何か言え!」


「……ええっ、わ、私もよく分かりませんぅ。……でも、セシリア様の机の下から、これが見つかりました」


 マリアベルが差し出したのは、セシリアが去った直後に残されていた、一通の書類。


『未承認書類リスト:計4,521件。これより本業務の全責任を婚約者マリアベル様に引き継ぎます。頑張ってください』


「よ、四千件だと……っ!?」


 王子の絶叫が、沈みゆく王城に虚しく響き渡ったのでした。


第3話、お読みいただきありがとうございました!

レオンハルト陛下の、至れり尽くせりな「皇帝の勅命(ホワイト待遇)」回でした。


冷酷な見た目に反して、有能な人材がボロボロになるのを放っておけないタイプかもしれませんわね。一方の祖国では、セシリアが「ついでに」処理していた魔力インフラと書類の山が、いよいよ牙を剥き始めましたわ。


次回、第4話「仕事中毒ワークホリックは、ホワイト環境でも無意識に無双する」。

帝都に到着したセシリアさんが、ついつい仕事をしてしまう「社畜の性」を描きます!


もし「もっとセシリアを甘やかして!」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。

皆様の応援が、セシリアに最高級の魔力回復ポーション(高級茶葉)を届けるエネルギーになりますの!

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