↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/65

第51話:一議席という名の、二百年の残業

 その日の午後、私は三枚の紙を並べておりました。

 一枚目、公会議の年間分担金の総額。金貨八十万枚。

 二枚目、そのうち帝国の負担。金貨三十二万枚。

 三枚目は、議決の方法です。総議席は十二。可決には三分の二、つまり八議席が必要とございました。


「クリス様。帝国は総額の四割を出しております。では、議席は」


 クリス様が資料を確かめ、そして黙りました。

 私はもう一度うかがいました。


「議席は」

「……一つです」


 十二議席のうちの、一つ。

 私は少しのあいだ、その数字を眺めておりました。


(四割払って、十二分の一。……つまり、私たちは大陸で一番働いて、一番決められない側にいたのですわね)


 胸に浮かんだのは怒りではなく、もっと身近な感覚でした。

 残業代の出ない残業。責任だけ増えて権限は据え置かれる辞令。あの、なんとも言えない乾いた感じ。


「なぜこんな配分に?」

「分担金は十年ごとに国力比例で改定されます。ですが議席は――設立時のまま、一度も改定されておりません」


 まあ。

 仕組みとしては、いっそ見事ですこと。


「二百年前のアウグスト王国は、大陸の東の端の小国でしたわね」

「はい。もっとも当時は、どの国も一議席でした。国力に差がなかったのです」

「そして分担金だけが、こちらの成長に合わせて毎年きちんと上がってきた」


 支払能力は毎年見直す。発言権は二百年見直さない。

 これを人事制度でやったら、その職場は三か月で崩壊いたしますわ。


「クリス様。歴代の宰相は、この不均衡に気づかなかったのかしら」

「気づいた者はいたはずです。ただ、議席の改定を求めるには」


 クリス様が、言いにくそうに続けました。


「――公会議に、議題として出す必要があります」


 私は思わず笑ってしまいました。

 ええ、そうですわね。議題を日程に載せる権限は、書記局にある。


(改定を求める議題は、二百年間ずっと"載らなかった"のですわ。だから記録にも残っていない。歴代の誰かが出そうとした形跡すら、私たちには見えない)


 完璧な閉じ方でした。文句を言う手続きが、文句を言われる側の管理下にあるのです。


「セシリア」


 扉が開き、レオンハルト様が入ってこられました。

 私が広げた三枚の紙をひと目見て、陛下は表情を変えずに一つだけおっしゃいました。


「脱ける」


「……あら」

「二百年で四千万枚を超える額を払ったな。それで一議席。脱ければ来年から三十八万枚が浮く」


 相変わらず、判断が速くて、まっすぐで、そして正しいのです。

 私は首を横に振りました。


「脱けたら、査問はどうなります?」

「欠席のまま裁かれる」

「ええ。そして"帝国は逃げた"という議事録だけが二百年残ります。うちの民ではなく、大陸の民に」


 私は三枚目の紙を、そっと陛下の前に置きました。


「それに陛下。ここで脱けると、リースフェルトのような小国は、二度と分担金の話を持ち出せなくなりますわ」


 最大の拠出国が黙って出ていった機構で、小国が制度改定を叫べるはずがございません。

 帝国が脱ければ、帝国だけが自由になります。

 私が欲しいのはそれではないのです。


「……ならば、どうする」


 私は立ち上がり、灰色の封蝋の欠片を指先で転がしました。


「行きますわ。議場へ。そして査問される側の椅子から、二百年ぶんの帳簿を開けさせます」

「一議席でか」

「ええ。ですが陛下。議決は数の勝負でも、監査は数の勝負ではございませんもの」


 陛下がしばらく私を見つめ、それから低く笑いました。


「同行する」

「陛下がお出ましになると、話がすぐ武力の気配を帯びますわ」

「帯びさせる。貴様が数字を出すあいだ、誰も貴様に触れられんようにな」


 まあ。

 私は、頬が熱くなるのを感じながら書類を揃えました。


「では、出張申請を出しましょう。行き先、自由都市シュタイン。目的――」


 ペンを走らせながら、私は微笑みました。


「大陸最大の未処理案件の、棚卸しですわ」

とうとう数えてしまった回ですわ。お付き合いくださりありがとうございます!


四割払って十二分の一。支払能力は十年ごとに見直され、発言権は二百年据え置き。……これ、制度の話にすると遠く感じますが、辞令の話にすると急に身近になりますわね(笑)。


そして「文句を言うための手続きが、文句を言われる側の管理下にある」というのが、この機構のいちばん厄介なところですわ。だから歴代の誰かが声を上げたとしても、記録にすら残っていないのです。


陛下の「脱ける」は、いつもどおり最短距離で正解でした。それを止めたセシリアの理由が「帝国だけが自由になっても意味がない」だったのが、彼女らしいところですわね。


次回、第52話「自由都市シュタイン、白亜の議場」。

いよいよ現地入りですわ。十二の椅子が並ぶ議場で、セシリアを待っていたのは剣ではなく――受付でした。


もし「四割払って一票」にひやりとしたら、ブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。皆様の応援が、セシリアの出張申請を後押ししますの!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。