第50話:大陸公会議、招集される
翌朝。帝国中央庁、最高顧問室。
私は机いっぱいに資料を広げておりました。
「大陸公会議。設立は二百年前。締結地は中立地の自由都市シュタイン。加盟十二か国。目的は――大陸における紛争の予防および調停」
読み上げながら、私はうなずきました。立派な理念ですわ。実際、この二百年で大陸の大きな戦は目に見えて減っております。
「クリス様。帝国はいつから加盟を?」
「設立当初からです。ただし当時は、アウグスト帝国ではなく」
「ええ。アウグスト王国、ですわね」
私の祖国。ルイス元王子が婚約破棄の舞台に選んだ、あの国。
二百年前は、大陸の東の端にある小さな農業国でした。今は帝国に一ペニーで買収され、アウグスト州として穏やかに麦を育てております。
「では、その加盟資格は帝国が承継したのですね」
「はい。併合の際、書記局へ承継の届出を出しております」
「受理の証書は」
「……手元にはございません」
三度目ですわね、クリス様。
私は静かに一行、書き留めました。「書記局から帝国へ、紙が返ってきていない」。
さて。
公会議には、二つの顔がございます。表の顔は、十二か国の代表が席につく総会。年に一度、シュタインの議場で開かれます。
そして裏の顔が、常設書記局。総会と総会のあいだ、書類を管理し、議題を整理し、次の総会の議事日程を組む。事務方ですわ。
(規模はどのくらいかしら。……十二か国の書類を回すなら、五十人といったところ?)
資料をめくって、私は目を細めました。
書記局の職員は、記録官を含めて十一名。
二百年で、一度も増えておりません。
「クリス様。十一名で、十二か国分の議事を」
「私も驚きました。ずいぶん筋肉質な組織ですね」
「いいえ。筋肉ではございませんわ」
私はペンの尻で紙を軽く叩きました。
「これは、少ないのではなく――増やさなかったのですわ。人を増やせば、書類を見る目が増えますもの」
クリス様が、ゆっくりと胃を押さえました。すっかり以前の彼です。
そしてもう一つ。私は招集通知を並べ直し、査問議題の欄を指でなぞりました。
「議題名。『アウグスト帝国の会計公開政策が大陸の秩序に及ぼす影響』。……クリス様、この文の主語は何でしょう」
「帝国の政策、でしょうか」
「ええ。けれど"秩序を乱している"と断じているのは誰でしょう。提案国の名が、どこにもございませんの」
議題の下には、提案国の欄がございました。
そこに書かれていたのは、国名ではありません。
『常任書記長職権により、議事日程へ登載』
「まあ」
私は思わず声に出しておりました。
(つまり――どの国も、この議題を出していない)
どこかの国が帝国を憎んで告発した、という話ではないのですわ。事務方が自分の判断で、一国を裁く議題を作り、日程に載せた。
それができるということは、逆もできるという意味です。載せない、という形で。
「クリス様。この二百年で、公会議が"審議しなかった"議題の一覧はございますか」
「……そのような一覧は、聞いたこともありません」
ええ。あるはずがございませんわ。
載らなかった議題は、議事録に残りません。残らないものは、なかったことになる。
私は窓の外を見やりました。
帝国の空は今日も晴れています。あの空の下では、教国の聖堂の壁に月次会計が貼り出され、周辺国の民が「うちの国の税も見せてほしい」と言い始めている。
誰かにとっては、それはずいぶん都合の悪い風でしょう。
「クリス様。私、少し訂正しますわ」
「はい」
「昨日は"領収書をいただきに行きましょう"と申しました。あれは甘うございました」
私は招集通知を丁寧に折り、机に置きました。
「二百年ぶん、載らなかった議題の目録ごと、いただきに行きますわ」
議題を出した国が、どこにも書いていない回でしたわ。お読みくださりありがとうございました!
今回の見どころは「議題を出した国が、どこにも書かれていない」でした。誰かが帝国を告発したのではなく、事務方が職権で議題を作って日程に載せた――という一点ですわ。
議題を載せられるということは、載せないこともできる。この物語で本当に怖いのは、否決される力ではなく「審議されない力」なのです。書記局の職員が二百年間ずっと十一名のまま、というのも、そのための設計だったのかもしれませんわね。
次回、第51話「一議席という名の、二百年の残業」。
帝国が公会議で持っている議席の数が明らかになります。……皆様、心の準備をなさってくださいまし。
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