第43話:被告席の逆転監査
「まず、皆様に、一つだけ質問させてください」
私は、数万の群衆に向かって、指を一本立てました。
「この十年で、"贖罪券"を買った方、あるいはそのために借金をなさった方は、どれくらいいらっしゃいますか? ……手を、挙げていただけますか」
……最初は、ためらいがちに。
やがて、広場のあちこちで、無数の手が挙がりました。数千、いえ、万を超える手が。老人も、若者も、母親も、子供も。……そのほとんどが、贖罪券という名の借金を、背負わされていたのです。
「……ありがとうございます。手を下ろしてくださって結構ですわ」
私は、静かに続けました。
「では、次に。……その借金を返すために、日々の食費を削り、子供に食べさせるパンを減らした方は?」
今度は、群衆が、答える代わりに、静かに俯きました。その沈黙こそが、答えでした。
「皆様が信じてこられた"贖罪券"。……先祖の罪を浄化するという、あの券。……あれは、聖典に元からあった教えでは、ございません」
私は、破り捨てた聖典の綴じ目の写生と、羊皮紙の鑑定結果を掲げました。
「あの"贖罪の章"は、二十年前――大枢機卿バルタザール猊下が実権を握った年に、後から書き足された、偽の一章ですわ。神は、一度たりとも『金を払えば罪が消える』などと、仰っていない。……皆様は、"ありもしない罪"の対価を、払わされ続けてきたのです」
群衆が、大きく、ざわめきました。
「で、でたらめだ! 証拠がない!」バルタザールが叫びます。
「証拠なら、ここに」
私は、二つの帳簿を、高く掲げました。
「これは、教国の会計を守り続けた、一人の正直な修道士が記録した、"本当の収入"の帳簿。年間、金貨百二十万枚。……そしてこちらが、猊下が公式に発表していた、"表向きの収入"。年間、九十六万枚。……その差、二十四万枚が、毎年、誰にも知られずに消えていました。十年で、金貨二百四十万枚。……この、消えたお金は、どこへ行ったと思われますか?」
私は、一枚の絵を、群衆に向けました。それは、あの黄金に輝く大聖堂の、金箔の屋根でした。
「あの、まばゆい屋根。……あの金箔は、皆様が削った食費で、貼られたものですわ。……枢機卿猊下方の指を飾る、あの宝石も。豪奢な法衣も。……すべて、皆様の"救済"のはずだった、お金です」
しん、と。
数万の広場が、静まり返りました。
そして、その静寂を破ったのは――怒りでした。
「……俺の女房は、贖罪券の借金が返せずに、身体を壊して死んだ……」
「私の息子は、金貨十枚が払えなくて、熱を出したまま……」
「返せ……返せ……! 俺たちの金を、返せ……!」
地鳴りのような声が、広場を満たしていきます。それは、暴動ではありませんでした。武器を取る者は、一人もいません。……ただ、真実を知った民が、あげる、悲しみと怒りの声でした。
「バルタザール猊下」
私は、青ざめて震える大枢機卿を、静かに見据えました。
「これが、監査の結果ですわ。……あなたは、神を騙り、聖女を利用し、民から金貨二百四十万枚を横領した。……罪状は、背信、横領、文書偽造、そして――何より、"救い"を金で売った、詐欺ですわ」
私は、扇子を、ぱちりと閉じました。
「……大陸最大の神権国家の帳簿は、私が今まで見てきたどんな帳簿よりも――真っ黒でしたわ」
第43話、お読みいただきありがとうございました!
「贖罪券を買った人は手を挙げて」――難しい帳簿の話を、群衆自身の"体験"に翻訳するところから、セシリアの逆転監査が始まります。そして消えた金貨の正体は、あの黄金の屋根。真実を知った民衆が上げるのは、暴動ではなく「返せ」という悲しみの声でした。
「大陸最大の神権国家の帳簿は、今まで見てきたどんな帳簿よりも真っ黒でしたわ」――第二部の決め台詞ですわ。
次回、第44話「聖女の目が覚める時」。
すべてを見ていた聖女エルフィリアが、ついに動きますわ。神輿は、自らの意志で、壇上を降りるのか……!
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