第42話:異端裁判、開廷
「異端審問である!!」
偽聖典を破られた翌日。
バルタザールは、なりふり構わぬ最後の手段に出ました。聖都の中央広場に、大陸中から数万の巡礼者と民衆を招集し、「公開異端裁判」を開いたのです。
広場の中央に組まれた、高い処刑台。そこに、私は「被告」として立たされました。もっとも、私を縛る縄はありません。……いえ、縛ろうとした審問官が、レオンハルト様の一睨みで凍りついたので、縛れなかった、が正確ですけれど。
「見よ、大陸の敬虔なる民たちよ! この女、セシリア・フォン・クロイツは、人の身でありながら聖女を騙り、あろうことか、神聖なる聖典を、その手で引き裂いた大罪人である! これぞ、異端の極み! 神の裁きを受けるべし!」
バルタザールが、群衆に向かって朗々と叫びます。
彼の狙いは、明白でした。難しい帳簿の話を、民は理解できない。ならば、「聖典を破った」という分かりやすい"絵"を見せ、群衆の怒りを煽り、私を「神の敵」として、この場で葬り去る。……民の無知を利用した、扇動ですわ。
実際、集められた民衆の一部が、ざわめき始めていました。「聖典を破った」「なんと罰当たりな」「異端だ」と。
(……ええ。分かりやすい"悪役"を演じさせられていますわね、私。……あの祖国にいた頃から、"悪役令嬢"の肩書きには慣れておりますけれど)
私は、まったく動じませんでした。むしろ、この大舞台に、感謝すらしていました。
(数万人の民衆。……これほど大勢の"聴衆"を、わざわざあなたが集めてくださるなんて。……ありがとうございます、猊下。おかげで、私の"監査報告"を、大陸中に聞かせることができますわ)
「大枢機卿猊下」
私は、処刑台の上から、静かに、しかしよく通る声で言いました。
「一つ、確認させてくださいまし。……これは、"裁判"ですのよね?」
「無論だ! 神聖なる異端裁判である!」
「では――裁判である以上、被告には"弁明の権利"がございますわね? ……まさか、被告に一言も喋らせず、一方的に断罪するような"茶番"を、大陸中の民の前で、なさるおつもりではございませんでしょう?」
バルタザールの顔が、引き攣りました。
数万の民衆が見ている前です。「弁明を認めない」と言えば、それこそ"不公正な裁判"だと、民の目に映る。彼は、自ら開いた大舞台の"公正さ"に、縛られたのです。
「……ふ、ふん。よかろう。……弁明があるなら、してみせるがいい。どうせ、神の前では、無駄な悪あがきに過ぎん」
「ありがとうございます」
私は、深く一礼しました。そして、群衆へと向き直りました。数万の、不安げな、そして怒りに揺れる顔、顔、顔。……その中に、私は、路地裏で見た、あの痩せた女性と、贖罪券を握った女の子の顔を、見つけました。
「聖都の、そして大陸の、敬虔なる民の皆様」
私は、語りかけました。断罪の弁明としてではなく――一人の監査官が、真実を報告するように、静かに。
「私は確かに、昨日、聖典の一部を破りました。それは事実です。……ですが、私が破ったのは、"神の言葉"ではございません。……皆様が、金貨十枚が払えずに病で亡くなり、"先祖の罪"という名の借金を、子や孫にまで背負わされてきた――その、"偽りの契約書"ですわ」
ざわ、と群衆が揺れました。
「これから、証拠を、一つずつお見せいたします。……皆様の払った献金が、本当は、どこへ消えていたのか。……皆様の"救済"が、なぜ、あんなにも高価だったのか。……その、すべての答えを」
私は、懐から、あの"搾取の設計図"と、二つの帳簿を取り出しました。
「バルタザール猊下。……あなたが用意してくださった、この大舞台で。……"逆に"、査察をさせていただきますわ。被告席から、ね」
処刑台が、いつのまにか――大陸最大の、監査法廷へと変わっていました。
第42話、お読みいただきありがとうございました!
バルタザールは「聖典を破った」という分かりやすい絵で群衆を扇動し、セシリアを葬ろうとしますわ。ですが彼女は「裁判である以上、弁明の権利がある」というロジックで発言権を勝ち取り、集められた数万の民衆を、逆に自分の"監査報告"の聴衆に変えてしまいます。
処刑台が、大陸最大の監査法廷へ。敵が用意した大舞台を、そっくり自分の土俵に変える――セシリアの真骨頂ですわ。
次回、第43話「被告席の逆転監査」。
証拠が、一つずつ、群衆の前に晒されますわ。ざまぁの本番ですのよ!
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