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第40話:聖典に挟まれた「偽の補遺」

 帳簿閲覧の前夜。

 私は、トビアスに、もう一つだけ頼み事をしました。


「トビアス様。……贖罪券や祝福料の"根拠"となっている聖典の条文を、見せていただけますか。……原本を、できるだけ古いものを」


「聖典を、ですか……? それは、大聖堂の宝物庫にある原本しか……。でも、会計院には、聖務のための"写本"がございます。それでよければ」


 彼が持ってきてくれたのは、革表紙の分厚い聖典でした。私は、贖罪券の根拠とされる「贖罪の章」を開き――そして、片眉を上げました。


(……あら?)


 監査官の眼が、ぴくりと反応しました。

 文書の"違和感"。それは、数字のズレと同じくらい、私の得意分野です。


「トビアス様。……この"贖罪の章"だけ、他の章と、羊皮紙の質が違いますわね」


「え……?」


「ご覧なさい。他の章は、経年で飴色に変色し、インクも褪せています。ですが、この贖罪の章だけ、羊皮紙が新しく、インクも黒々としている。……それに、この筆致。他の章が古式ゆかしい書体なのに、この章だけ、明らかに"最近の"書体で書かれていますわ」


「ま、まさか……」


 私は、聖典の綴じ目を、そっと調べました。


「……やはり。この贖罪の章は、後から"挟み込まれた"ものですわ。綴じ糸が、他のページと違う。……つまり、この"贖罪券で罪が浄化される"という教えは、聖典に元からあった神の言葉ではない。……後世の誰かが、"金儲けのために書き足した"、偽の補遺なのです」


「……っ!」


 トビアスの顔が、真っ青になりました。


「そ、そんな……。では、私たちが十年、いえ、何十年と、"神の教え"だと信じて民に説いてきた贖罪券は……最初から、ただの……」

「ええ。……ただの、金融商品ですわ。神の名を騙った、詐欺の道具」


 私は、静かに聖典を閉じました。


(……これで、揃いましたわ。……搾取の"設計図"と、その"偽の根拠"。二つの証拠が、揃った)


「トビアス様。……一つ、確認させてください。この贖罪の章が"追加"されたのは、いつ頃だと思われますか? ……インクの劣化具合から見て、そう古くはないはずですわ」


 トビアスは、震える手で、聖典の隅にある小さな管理印を指しました。


「……この、写本の作成年から逆算すると……およそ、二十年前。……ちょうど、大枢機卿バルタザール様が、教国の実権をお握りになった頃、です」


「……なるほど」


 すべてが、一本の線に繋がりました。

 二十年前、権力を握った一人の男が、聖典に偽の一章を書き足し、民の信仰を"金融"に変えた。以来、教国は「救済」の名のもとに、大陸中の富を吸い上げ続けてきた。……そして、それを隠すために、外に「異端」という敵を作り、民の目を逸らそうとした。私という、都合のいい標的を使って。


「トビアス様」


 私は、彼に向き直りました。


「明日、私は帳簿閲覧の場で、この二つの証拠を突きつけます。……ですが、これは、あなたにとって、とても危険な選択です。あなたが私に協力したと知れれば、あなたは"異端者の共犯"として、罰せられるかもしれません。……だから、無理にとは申しません。あなたは、逃げてもいいのですよ」


 トビアスは、しばし俯いていました。

 そして――ゆっくりと、顔を上げました。その青白い顔には、もう、過労と恐怖だけの色はありませんでした。


「……セシリア様。私は、会計を守る者です。……数字に、嘘をつかせないこと。それが、私の、たった一つの誇りでした。……たとえ誰にも労われなくても、私は、正直な数字を、守り抜いてきました」


 彼の目に、涙が滲みました。けれど、それは、もう弱さの涙ではありませんでした。


「……その正直な数字が、初めて、意味を持つのなら。……民を救う力になるのなら。……私は、逃げません。……あなたと一緒に、戦います」


 私は、微笑みました。深く、深く。


「……ありがとう、トビアス様。……あなたは、この国で、誰よりも尊い仕事をしてきた人ですわ。……さあ、明日、その誇りを、大陸中に証明してご覧に入れましょう」


第40話、お読みいただきありがとうございました!

搾取の"根拠"だった聖典の「贖罪の章」は、二十年前――バルタザールが実権を握った頃に書き足された「偽の補遺」でした。数字のズレだけでなく、羊皮紙の質・書体・綴じ糸から文書の贋作を見抜くセシリアの監査眼、堪能いただけましたでしょうか。


そして、過労で潰されかけていたトビアスが、「正直な数字を守る誇り」を胸に、共に戦うことを選ぶ――第二部で一番、書いていて胸が熱くなった場面ですわ。


次回はいよいよ第三幕。第41話「皇后、聖典の贋作を破り捨てる」。

本作の看板ネタ"書類を破り捨てる"が、大陸最大の神権国家を相手に炸裂いたしますわ!


もし「トビアスの誇りに胸を打たれた」と思ったら、ブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。皆様の応援が、明日の"破り捨て"の追い風になりますの!


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