第39話:贖罪券という名の、聖なる借金
その夜、トビアスを寝かせた後。
私は、彼が「見てもいい」と許してくれた過去十年分の帳簿を前に、一睡もせずに数字と向き合いました。
(……見えてきましたわ。……なんて、巧妙な仕組みでしょう)
夜が明ける頃には、私の手元に、一枚の"設計図"が完成していました。それは、教国という国家が、いかにして民から富を吸い上げるか、その全構造を図解したものです。
翌朝、私はレオンハルト様に、それを説明しました。
「陛下。……教国の搾取は、三段構えですわ」
私は、紙に描いた図を指し示しました。
「第一段階。"祝福料"。……聖女の祝福を受けるのに金貨一枚、病の治癒に金貨十枚。ここで、日々の現金を集めます。ですが、これは序の口。……問題は、第二段階です」
「……贖罪券、か」
「ええ。……民に、こう説き聞かせるのです。『あなたの、そして亡くなったご家族の"生前の罪"は、放置すれば地獄に落ちる。だが、贖罪券を買えば、その罪は浄化される』と。……死者への愛と、地獄への恐怖。この二つにつけ込んで、券を売りつける。しかも――」
「金利付き、だったな」
「そこが、悪魔的ですわ。……券を買う金がない民には、教国が"貸し付け"る。年利、なんと三割。……返せなければ、その借金は子へ、孫へと相続されます。……つまり民は、"先祖の罪"という、返済不可能な借金を、代々背負わされ続けるのです。信仰という名の、永久債務ですわ」
陛下の紅蓮の瞳が、静かに、しかし業火のように燃え上がりました。
「……では、第三段階とは」
「二重帳簿ですわ」
私は、トビアスの"正直な数字"と、公式記録を、並べて置きました。
「トビアス様たち下級修道士が記録する"本当の収入"は、年間およそ金貨百二十万枚。ですが、大枢機卿バルタザールが公式に発表する"教国収入"は、九十六万枚。……その差、二十四万枚が、毎年、帳簿から消えている。……これを十年続ければ」
「……金貨、二百四十万枚」
「ええ。ですが、それだけではございませんの。……公表される九十六万枚のうち、救貧院や孤児院に回るのは、たったの三パーセント。残りは"大聖堂の維持"や"聖務経費"という名目で、ほとんどが枢機卿団の私腹へ。……路地裏で見た、あの金箔の屋根。あれこそが、民の血で貼られた金箔ですわ」
私は、ペンを置き、静かに息をつきました。
「……かつて、私は一つの王国を相手にしました。ですが、今回の相手は、その比ではございません。……教国は、大陸中の民から、"信仰"という名目で、合法的に富を吸い上げる、史上最大の"ブラック企業"ですわ」
「……セシリア。私は、やはり焼き払いたい」
「お気持ちは分かりますわ。……ですが、陛下。この搾取の、最も許しがたい点が、何かお分かりですか?」
私は、真っ直ぐに陛下を見つめました。
「彼らは、"本物の聖女エルフィリア"を、その広告塔に使っているのです。……あの純真な少女に、何も知らせず、ただ祈らせ、その祈りを"商品"にして売っている。……エルフィリア様は、共犯者ではありません。彼女もまた、この搾取の仕組みに使われている、最大の被害者ですわ」
「……」
「ですから、焼いてはいけません。……焼けば、あの少女も、真実を知らぬまま灰になります。……私は、彼女に、真実を知る機会を差し上げたいのです。そして――民の前で、この設計図を、一枚残らず暴いてみせますわ。搾取された金貨が、どこへ消えたのか。彼らの"聖なる帳簿"が、いかに真っ黒だったのかを」
私は、完成した"搾取の設計図"を、そっと畳みました。
「明日は、いよいよ帳簿閲覧の日。……相手が三日かけて"整えた"偽帳簿を、私は、一時間で解体してご覧に入れますわ。……ふふ。腕が、鳴りますこと」
第39話、お読みいただきありがとうございました!
祝福料・贖罪券(金利付き永久債務)・二重帳簿。教国の搾取システムを、セシリアが三段構えの"設計図"として解剖する回でした。「信仰という名のブラック企業」――第一部の王国を遥かに超える巨悪の正体が、すべて数字で示されました。
そして、この搾取の最も罪深い点は、無垢な聖女エルフィリアを"広告塔"に使っていること。だからこそセシリアは焼き払わず、真実を暴く道を選びます。
次回、第40話「聖典に挟まれた『偽の補遺』」。
搾取の"根拠"とされてきた聖典に、とんでもない仕掛けが隠されていますわ……!
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