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第36話:籠の中の聖女エルフィリア

 大聖堂の奥、聖女の間。

 私とレオンハルト様は、「異端の召喚に応じた被告」として、そこへ通されました。もっとも、私の内心はといえば、被告席へ向かう気分など微塵もなく、むしろ「相手の本社へ乗り込む監査法人の主任」といった心持ちでしたけれど。


 白磁の床。天井からは、繊細なレースのような光が降り注いでいます。その中央、白い薔薇に囲まれた壇上に、一人の少女が座っていました。


 年の頃は十六ほど。

 絹糸のような銀髪に、透き通るような白い肌。まとう純白の法衣は、この世のものとは思えぬほど清らかで、たしかに――「聖女」と呼ぶにふさわしい、神秘的な美しさでした。


「……あなたが、セシリア・フォン・クロイツ」


 聖女エルフィリアが、鈴を転がすような声で言いました。その瞳は、まっすぐで、澄んでいて――そして、どこか、ひどく寂しげでした。


「人の身でありながら、聖女を騙り、民を惑わす異端。……大枢機卿様が、そう仰っていました。あなたは、罪深い人なのだと」


「……エルフィリア様、と申し上げてよろしいかしら」


 私は、深く礼をしました。敵意ではなく、一人の人間として。


「一つ、お尋ねしてもよろしいですか。……あなたは、この聖都の外へ、出られたことがございますか?」


 エルフィリアの瞳が、わずかに揺れました。


「……外? ……いいえ。私は、生まれた時からこの聖女の間で、民のために祈りを捧げるのが務め。外の穢れに触れることは、聖女に許されておりません。……大枢機卿様が、そう」


(……ああ。やはり)


 私の中で、いくつもの点が、線に繋がっていきました。

 この少女は、外を知らない。搾取の路地裏を知らない。贖罪券を知らない。金利を知らない。……彼女は、"祈る"ことだけを教え込まれ、この黄金の籠の中で、"神輿"として飾られてきたのです。


「エルフィリア様。……あなたは、毎日、何のために祈っておられるのですか?」


「……民の、幸福のためです。私が祈れば、民の罪は浄化され、救われる。……大枢機卿様が、そうお教えくださいました」


「では、お尋ねします。……あなたの祈りで救われるはずの民が、聖堂の門の外で、金貨十枚が払えずに、病のまま死んでいることを――ご存じですか?」


「……え?」


 エルフィリアの表情が、凍りつきました。まるで、聞いてはならない言葉を聞いてしまったかのように。


「……嘘、です。だって、私の祈りは、すべての民に平等に……大枢機卿様が」

「エルフィリア様。あなたの祈りに、値札はついていますか?」

「い、いいえ……! 祈りは、無償の……」

「ですが、民があなたの"祝福"を受けるには、金貨一枚が要ります。病を癒すには、金貨十枚。……その差額は、いったい、誰の懐に入っているのでしょうね?」


「…………」


 エルフィリアは、真っ白な顔で、震える手を胸に当てました。彼女の澄んだ瞳が、初めて――「疑問」という名の、小さな亀裂を宿しました。


「せ、聖女様に、無礼であろう!」


 その時、部屋の扉が開き、白と金の豪奢な法衣をまとった老人と、鎧を着込んだ屈強な審問官が入ってきました。

 老人の指には、大陸の富を集めたかのような宝石の指輪がいくつも輝いています。


「私が大枢機卿バルタザールだ。……異端者よ、聖女様を惑わす戯言はそこまでにしてもらおうか」


(……あら。ご本人のお出ましですわね)


 私は、その老人を――金利付きの贖罪券を刷り、路地裏の子供から借金を巻き上げた張本人であろう男を、真っ直ぐに見据えました。

 監査官として、これから解体すべき「腐った帳簿」の、その最高責任者を。


「はじめまして、大枢機卿バルタザール猊下。……セシリア・フォン・クロイツと申します。……本日は、貴国の"帳簿"を拝見しに参りましたの。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」


 私の言葉に、バルタザールの目が、ほんの一瞬――確かに、泳ぎました。


第36話、お読みいただきありがとうございました!

"本物の聖女"エルフィリアは、敵ではなく、黄金の籠に囚われた被害者でした。外の世界を知らず、「祈れば民が救われる」とだけ教え込まれてきた少女に、セシリアが投げかけた一つの問い――その澄んだ瞳に、初めて「疑問」の亀裂が入ります。


そして黒幕・大枢機卿バルタザール、ついに登場。「帳簿を拝見しに来た」の一言に、彼の目が泳いだのを、セシリアは見逃しませんわ。


次回、第37話「大枢機卿バルタザールの『聖なる帳簿』」。

消えた金貨百十六万枚の謎に、監査の手が伸びますわ!


もし「エルフィリアの覚醒に期待」と思ったら、ブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。皆様の応援が、籠の中の聖女に差し込む光になりますの!


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