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第35話:白の聖都ルミナ、まばゆい搾取の街

 十日間の旅路の果て。

 私とレオンハルト様、そして少数の護衛と実務官を伴った一行は、ついに聖都ルミナの城門をくぐりました。


「……これは、たしかに壮観だな」


 陛下ですら、わずかに目を細めました。

 白亜の石で組まれた街並み。屋根という屋根に貼られた金箔が、太陽の光を跳ね返し、都全体が黄金色に輝いています。中央にそびえる大聖堂は、天を貫くほどに高く、そのステンドグラスは大陸の富を溶かし込んだかのようでした。

 街のあちこちでは、白い法衣の聖職者たちが賛美歌を口ずさみ、巡礼者たちがひざまずいて祈りを捧げています。


(……ええ、たしかに、まばゆいですわ)


 私は、馬車の窓から、その光景をじっと観察しました。

 普通の令嬢なら、この荘厳さに息を呑むのでしょう。

 ですが、三年間ブラック王宮で「見た目の華やかさ」と「実態の腐敗」のギャップを嫌というほど見てきた私の眼は、別のものを捉えていました。


(大聖堂の金箔。あれ一枚で、平民の一家が半年暮らせますわね。屋根全体で――ざっと金貨八千枚ぶん。維持のための貼り替えが五年ごとと見て、年間の"見栄えコスト"は……)


 華やかな大通りから、ふと視線を横の路地へ滑らせた、その時でした。

 まばゆい黄金の街並みの、たった一本裏。

 そこには、まったく別の聖都がありました。


 痩せこけた子供たち。ぼろをまとい、道端に座り込む老人。「祝福を、どうか一度の祝福を」と、聖堂へ続く道に向かって手を伸ばす、貧しい信徒たちの列。


「……止めてくださいまし」


 私は馬車を降り、その路地へと足を踏み入れました。陛下が無言で後に続きます。


「あの、そこの方。……祝福を受けるのに、何か"費用"がかかるのですか?」


 私が声をかけると、痩せた女性がびくりと肩を震わせ、それから力なく答えました。


「……ええ、お貴族様。聖女様の祝福を受けるには、"祝福料"が要るんです。金貨一枚。……病を癒していただくには、"特別祈祷"で金貨十枚。それが払えない私らは、こうして門の外で、こぼれ落ちる神の光を待つしか……」


「金貨十枚……」


 私は、静かに拳を握りました。

 病を癒すのに、金貨十枚。それが払えねば、門の外で死ね、と。


(……"救済"に、値札がついている)


 女性の隣で、小さな女の子が、白い紙切れを大事そうに握りしめていました。私は、しゃがんでその紙を覗き込みました。


「……これは?」

「"贖罪券"ですよ、奥様。……この子の父ちゃんが、去年、教会の畑仕事の途中で亡くなって。……"生前の罪が浄化されないと天国に行けない"って言われて。だから、借金をして、この券を買ったんです。……これがあれば、父ちゃんは、救われるって」


 贖罪券。

 紙に印刷された「太陽」の紋章と、几帳面な文字。……そして、隅に小さく刻まれた、購入金額と、金利。


(……金利ですって?)


 私の背筋が、ぞくりと冷えました。それは恐怖ではなく――監査官としての、確信の震えです。


("救済"を、借金で売っている。しかも金利付きで。……つまり、これは信仰ではないわ。これは――"金融"よ)


 私は立ち上がり、贖罪券を握るその子の頭を、そっと撫でました。


「……ねえ、お嬢さん。おばさんはね、数字を数えるのが、世界で一番得意なの。……だから、約束するわ。あなたのお父さんの"救い"に、こんな借金は必要なかったってことを、必ず、証明してあげる」


 私は、まばゆい黄金の大聖堂を振り返りました。

 そのてっぺんで輝く「太陽」の紋章が、今の私には、まったく別のものに見えました。


(――あれは、神の光ではないわ。……民から吸い上げた金貨を溶かして固めた、"搾取の結晶"よ)


「……セシリア」


 隣で、陛下が低く呟きました。彼もまた、路地裏の惨状を、その紅蓮の瞳に焼き付けていました。


「私は今、久方ぶりに、心の底から"焼き払いたい"と思っている」

「……お気持ちは、痛いほど分かりますわ、陛下。ですが」


 私は、扇子ではなくペンを取り出し、その先を、大聖堂へと真っ直ぐに向けました。


「灰にしては、いけません。……この街の民が、"何を奪われていたのか"を、彼ら自身の眼で見るまでは。……さあ、参りましょう。査察の始まりですわ」


第35話、お読みいただきありがとうございました!

黄金に輝く聖都の、たった一本裏の路地。そこにあったのは「値札のついた救済」と、金利付きの"贖罪券"でした。信仰を金融に変えた教国の正体が、少しずつ姿を現します。


「救いに、こんな借金は必要なかったと証明してあげる」――事務官セシリアの怒りは、いつだって静かで、そして数字で果たされますわ。


次回、第36話「籠の中の聖女エルフィリア」。

教国が擁する"本物の聖女"との出会い。彼女は、敵か、それとも……?


もし「路地裏の描写に胸が痛んだ」と思ったら、ブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。皆様の応援が、搾取された民の光になりますの!


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