第33話:ソルレーム聖教国からの「異端審問」召喚状
三日後。
教国からの「正式な通達」は、今度は大陸各国への公開書簡という形でやってきました。
皇帝城の大会議室。
円卓には、レオンハルト陛下、宰相クリス様、そして帝国の主だった重臣たちが顔を揃えています。私は皇后として陛下の隣に座り、届いたばかりの召喚状を、監査報告書でも読むように淡々と眺めていました。
『ソルレーム聖教国は、大陸のすべての信仰ある国に告げる。
アウグスト帝国は、人の身たるセシリアを"聖女"と崇める異端を放置し、唯一神ソールの秩序を乱している。
一、帝国は直ちにセシリア崇拝を禁止し、関連するすべての布告・出版物を焼却せよ。
二、セシリアの身柄を聖都ルミナへ引き渡し、聖なる異端審問に服させよ。
三、右に応じぬ場合、教国は帝国との交易断絶を大陸諸国に呼びかけ、これを「神敵」として孤立させる』
「……ふざけた話だ」
最初に口を開いたのは、陛下でした。低く、氷原の底から響くような声です。
「セシリアを差し出せだと? この私の妻を、神を騙る老人どもの見世物にしろと? ……クリス。教国までの進軍に必要な日数を算出しろ。今すぐだ」
「へ、陛下、落ち着いてください! 相手は大陸最大の宗教国家です。武力で押せば、信仰ある諸国すべてを敵に回します!」
重臣たちがざわめきます。
教国の恐ろしさは、その軍隊ではありません。「信仰」という、数字に表れない権威。大陸の民の心を握っているという、その一点です。
交易を断たれれば、いかに豊かな帝国とて打撃を受けます。何より、「神敵」の烙印は、これまで帝国が積み上げてきた「正しく働く国」という評判に、泥を塗りかねません。
皆が沈黙するなか、私は召喚状の一点を、指先でトン、と叩きました。
「……皆様。少し、よろしいかしら」
視線が私に集まります。私は、扇子を広げるのではなく、ペンを手に取りました。
「この召喚状、脅し文句としては、ずいぶんと出来が悪いですわ」
「……出来が悪い、とは?」
陛下が、わずかに眉を上げました。
「三つの要求のうち、第一と第二は、いわば"感情"の要求です。崇拝をやめろ、身柄を寄越せ。ですが、第三――『交易断絶を呼びかける』。これだけは"実務"の脅しですわ。そして実務の脅しには、必ず"コスト"がかかります」
私は、羊皮紙の余白に、さらさらと数字を書き始めました。
「教国が帝国との交易を断てば、まず困るのは教国側ですのよ。我が帝国は今、大陸で唯一、魔導具の自動化技術と、安価で高品質な魔石の供給網を握っています。……聖都ルミナの大聖堂で毎夜灯される『聖なる光』、あれの魔石、どこから買っているとお思いです?」
「……まさか」
「ええ。八割が、帝国製ですわ。教国が本気で交易を断てば、彼らの"神の光"は、三日で消えます」
会議室が、しん、と静まり返りました。
脅しをかけてきた相手の、脅しの根拠そのものが、実はこちらに握られている。それが「数字」で示された瞬間でした。
「つまり、この召喚状は、"ハッタリ"の可能性が高いですわ。教国は、本気で帝国と全面対決したいわけではない。……では、なぜこんな脅しを?」
私は、召喚状の署名欄を、皆に見えるように掲げました。
「署名は、聖女ではなく『大枢機卿バルタザール』。……これは"神の意志"ではなく、"一人の男の都合"ですわね。おそらく彼は、教国内部で何か、隠したいものがある。だから外に"分かりやすい敵"を作って、民の目をそちらへ逸らしたい。私という、都合のいい標的をね」
「……敵の弱みを、脅し状一枚から読み取ったというのか」
陛下が、静かに、しかし隠しきれない愛おしさを込めて、私を見つめました。
「では、セシリア。……お前は、どうしたい」
私は、ペンを置き、真っ直ぐに陛下を見返しました。
「逃げも、隠れもいたしませんわ。むしろ――行きますわ、聖都ルミナへ。ただし、"被告"としてではなく」
私は、微笑みました。三年間、ブラック王宮で不正を暴き続けた、あの監査官の顔で。
「――"査察官"として、ですわ」
第33話、お読みいただきありがとうございました!
教国の三つの要求を、セシリアが「感情の脅し」と「実務の脅し」に切り分け、後者の根拠(=聖なる光の魔石)を逆に握っているとロジックで示す回でした。
脅し状を「不備だらけの提出書類」として読むあたり、彼女の強さは魔法でも武力でもなく、あくまで"数字を読む眼"ですわね。そして最後の一手は、逃げでも守りでもなく――自分から乗り込む「査察」。
次回、第34話「冷酷皇帝、宣戦布告の代わりに『査察』を選ぶ」。
陛下がセシリアの"討ち入り"にどう応えるのか。溺愛と怒りが交差しますわ!
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