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第32話:皇后の「定時」に届いた、白すぎる封蝋

第二部、開幕ですわ! 超ホワイト帝国を築き上げたセシリアと陛下のもとへ、大陸のはるか中央――「聖女による救済」を掲げる神権国家から、まぶしいほど白い封蝋の書状が届きます。定時退社を邪魔する者は、たとえ神の使いでも査定対象ですのよ?


 午後五時。

 帝国中央庁に、幸福を告げる清らかなベルが鳴り響きました。


「……さあ、皆様、今日も素晴らしいお仕事をありがとうございました! 残業も未処理も『やり残した不安』も、明日の活力を削る不要物ですわ。定時です、お帰りなさい!」


 私の号令とともに、事務官たちが一斉にペンを置き、笑顔で挨拶を交わして帰っていきます。かつて血の涙を流しながら夢見た光景が、今では帝国の「当たり前」になっていました。

 皇后という身分になっても、私の本質は何一つ変わっておりません。セシリア・フォン・クロイツ――生粋の、事務中毒。


(ふふ。今日の決算誤差、〇・〇〇〇一%。……あら、昨日より〇・〇〇〇〇二%改善しているわ。帝国の事務官たちも、ずいぶん練度が上がったこと)


 最後の一枚に承認印を押し、満ち足りた息をついた、その時でした。


「セシリア様――いえ、皇后陛下! た、大変です……!」


 顔面蒼白のクリス様が、胃を抑えながら執務室に転がり込んできました。彼は今や帝国の屋台骨。その彼が、こんな顔をするのは久しぶりです。


「あら、クリス様。定時を過ぎていますわよ。残業は不要物です、お帰りなさい」

「そんな悠長な場合では……! こ、これを、ご覧ください……」


 差し出されたのは、一通の書状でした。

 見た瞬間、私の眉が、ほんのわずかに動きました。

 封蝋が――白いのです。

 貴族の書状は普通、家紋を刻んだ深紅や群青の蝋で封をします。ですが、この書状の封蝋は、雪よりも、漂白したリネンよりも白い。そして中央には、燦然と輝く「太陽」の紋章。


「……ソルレーム聖教国」


 私は、その名を口にしました。

 大陸のはるか中央に君臨する、神権国家。唯一神ソールを崇め、「聖女による救済」を掲げる、大陸最古にして最大の宗教国家です。数多の王国が、その権威の前には膝を折るといいます。


「開封しても?」

「は、はい……。ですが、心してお読みください」


 私は銀のペーパーナイフで、丁寧に封を切りました。中の羊皮紙は、これ見よがしに金箔で縁取られています。

 ……一枚あたりの製造原価、市価にして金貨三枚。まったく、無駄な装飾ですこと。この金で救貧院の毛布が何枚買えることか。

 そう思いながら、私は文面に目を走らせ――そして、片眉を上げました。


『――アウグスト帝国皇后、セシリア・フォン・クロイツへ。

 汝が民に「事務の聖女」「真の月」と崇められている事実は、唯一神ソールと、その唯一の代弁者たる聖女への、看過しがたき冒涜である。

 人の身でありながら"聖女"を騙る大罪、すなわち異端の疑い濃厚につき、教国はこれを審問する権利を有する。

 委細は追って正式に通達する。神の慈悲が、汝の悔悛を待っている』


「…………」

 私は、書状を読み終えると、静かにそれを机に置きました。


「せ、セシリア様……。異端審問、ですよ……。教国に目をつけられた国は、これまでいくつも歴史から消えていると……」


 クリス様の声が震えています。

 ですが、正直に申し上げましょう。

 私の胸に去来したのは、恐怖ではありませんでした。


(……"聖女を騙る大罪"? あら。私、一度たりとも自分を聖女だなどと名乗った覚えはございませんけれど。勝手に崇めているのは民の皆様で、私はただ、書類を効率的に処理してきただけですわ)


 そして何より――私の中の「監査官」が、静かに、しかし確実に、目を覚ましていました。

 金貨三枚の羊皮紙。無駄に輝く金箔。「委細は追って」という、要件を後回しにする非効率な文書構成。


(……この書状、一枚に致命的な問題が三つもあるわ。まず、要求事項が数値化されていない。次に、審問の"法的根拠"となる条文番号の引用がない。そして最も致命的なのは――送り主の署名が、「聖女」ではなく「大枢機卿バルタザール」になっていること)


 聖女の名で脅しておきながら、署名するのは聖女ではない別の男。

 これは――ずいぶんと、「におい」のする文書ですわね。


「クリス様」

「は、はい……!」

「陛下は、今どちらに?」

「へ、陛下は、執務を終えられて、皇后陛下のお帰りを心待ちに……」


 私は、白い封蝋の書状を、そっと手に取りました。

 定時退社の邪魔をされたことに関しては、少々――いえ、かなり、不愉快です。

 ですが、それ以上に。


(三年間ブラック王宮で鍛えたこの監査眼が、疼いて仕方ないわ。……この教国、帳簿を見せてごらんなさい。きっと、面白いくらい真っ黒でしょうから)


「陛下のもとへ参りますわ。……大陸の"神様"が、どうやら、私の定時を奪いにいらしたようですから」


 私は書状を手に、いつもより少しだけ速い足取りで、廊下を歩き始めたのでした。


第32話、お読みいただきありがとうございました!

第二部の幕開けは、大陸最大の神権国家「ソルレーム聖教国」からの異端審問予告状ですわ。「聖女を騙る大罪」と脅しておきながら、署名は聖女ではなく大枢機卿――このズレに、セシリアの監査眼が真っ先に反応します。


恐怖よりも先に「帳簿を見せてごらんなさい」と疼くあたり、彼女はどこまでいっても事務官ですわね(笑)。


次回、第33話「ソルレーム聖教国からの『異端審問』召喚状」。

教国の"本当の要求"と、大陸諸国を巻き込んだ包囲網が明らかになりますわ。お見逃しなく!


もし「第二部も面白そう」と感じていただけましたら、ブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。皆様の応援が、セシリアの新しい戦場(執務室)を照らすエネルギーになりますの!


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