第29話:レオンハルトの「不器用」な誓約
帝都アウグスト。
統合されたアウグスト州(旧王国)の復興も軌道に乗り、私はようやく「最高顧問」としての激務――いえ、至福のタスク処理の日々から、少しだけ顔を上げることができました。
今日は、帝国が定める「新秩序制定記念日」。
城内では、各国の要人を招いた盛大な晩餐会が開かれています。
私は、レオンハルト陛下が「王妃の冠よりも、貴様の事務的な美しさを引き立てるはずだ」と言って贈ってくれた、最高級のサファイアを飾った深い群青色のドレスに身を包んでいました。
「……セシリア様。本当にお綺麗です。……陛下が、さきほどから他の貴族たちがあなたに挨拶するたびに、グラスを握りつぶしそうな勢いで睨みつけていらっしゃいますよ」
クリス様が、相変わらず胃を抑えながらも、どこか誇らしげに囁きました。
私は扇子で口元を隠し、王座に座る陛下――そしてこちらに刺すような熱い視線を向けているあの方――に微笑みを返しました。
「あら。陛下には、この後の『共同決算報告』という名のダンスの時間が待っておりますもの。……今さら他の方に嫉妬など、合理的ではありませんわ」
「……。セシリア様。……たまには、その『合理的』という言葉を忘れて差し上げてくださいな。……陛下は、あなたとの未来を、書類ではなく『永遠』に刻みたがっていらっしゃるのですから」
晩餐会が佳境に入った頃。
陛下が王座から立ち上がり、私の元へと歩み寄りました。
ざわめく周囲。沈黙するホール。
彼は私の前に立つと、自然な動作で私の腰を引き寄せ、私をバルコニーへと誘いました。
夜風が、私の頬を優しく撫でます。
眼下には、平和な灯りを灯す帝都。……かつて私を死へ追いやらんとした「理不尽な労働」の影は、どこにもありません。
「……セシリア。……本当なら、私はここで、詩的な美辞麗句の一つでも並べて貴様を口説くべきなのだろう。……クリスがあらかじめ用意した『皇帝の求婚台本』によれば、三千文字に及ぶ壮大な愛の歴史が記されていた」
陛下が、どこか呆れたように、けれど真っ直ぐな瞳で私を見つめました。
「だが。……私は、そんなまどろっこしい『非効率』な真似はしない。……貴様が、私の帝国に新しい命を吹き込み、私の冷え切った心に唯一の暖かなエラーをもたらした存在であることは、事実が証明している」
「……陛下」
陛下は、私の指先に、帝国の象徴である紅い魔石――ではなく、一粒の、澄み渡るような透明な魔石が嵌まった指輪を取り出しました。
それは、帝国の「最高機密認証」に使用される、世界で最も『権限の高い』魔石でした。
「セシリア。……私は、貴様に『幸せ』という名の有給休暇など与えるつもりはない。……私の隣で、一生……私のすべての権利を使い、私の心の深部まで侵食し、……共にこの世界の『最適解』を描き続けるパートナーになってほしい」
……。
求婚。
それは、世界一「甘くない」けれど、世界一「誠実」な、私という人間を丸ごと肯定してくれる言葉でした。
詩的な愛の言葉よりも、この「私のリソースを一生使っていい」という、究極の信頼の言葉こそが、私の胸を激しく焦がしました。
「……陛下。……それは、……その契約、……途中で『解約』や『配置転換』の希望は受理されますでしょうか?」
「受理しない。……貴様の身柄は、死ぬまで私の『専属管理』だ」
「…………。拝承いたしましたわ、レオンハルト様。……私の人生という名の全資産、……たった今を持って、あなたの『永久負債』として受け取っていただきますことよ」
私は、陛下の手を強く握り返しました。
陛下は満足そうに口角を上げると、周囲の喧騒を消し去るような、情熱的な、そして独占欲に満ちた口づけを、私の唇に刻印したのでした。
それは、史上最も「事務的」で、史上最も「情熱的」な、一組の男女の新しい契約の始まりでした。
第29話、お読みいただきありがとうございました!
皇帝レオンハルトによるセシリアへのプロポーズ回でした。
「愛のリソースを一生使わせる」という、事務用語混じりの誓約……二人の築き上げてきた信頼と能力への敬意が、そのまま恋愛感情へと昇華された瞬間ですわね。セシリアには、こういう「責任のある言葉」が一番刺さるのですわ(笑)。
次回、いよいよ最終話、第30話「エピローグ ―― そして、定時に帰ろう」。
幸福な日常と、セシリアの「幸せな定時退勤」を描き、第一部を締めくくらせていただきます。最後までどうぞよろしくお願いいたします!
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皆様の応援という名の「福利厚生」が、セシリアたちの新しい門出を祝いますの!




