第28話:帝国の「真の月」と、仕事の天使
帝国の「ホワイト革命」が始まってから、一ヶ月。
帝都アウグスト。そして新しく統合されたアウグスト州の街並みは、かつてない活気に満ち溢れていました。
役所には長蛇の列の代わりに、効率化された魔法端末が並び。
文官たちは徹夜明けの死人のような顔の代わりに、明日の公務への意欲を瞳に宿して定時に家路につき。
そして何より民衆の口から漏れるのはもはや呪詛ではなく、一人の「女性」への深い敬愛の言葉でした。
「おい、聞いたか? 州都の市場の関税手続き、昨日からさらに三十分短縮されたらしいぞ」
「女神セシリア様のおかげだよなぁ。あの御方が『事務作業は、一秒でも短く、一粒でも多くのパンを民の手に届けるためにある』と提言してくださってから、俺たちの暮らしは見違えるようだ」
街角のラジオ(魔導放送)からは、私の考案した『家計簿の書き方(効率化版)』や『農作業のシフト管理術』が、穏やかなBGMと共に流されています。
もはや帝国において、セシリア・フォン・クロイツの名は、単なる「皇帝の婚約者候補」ではありませんでした。
それは正しく働き、正しく報われることを象徴する、この帝国の『真の月』であり、『仕事の天使』そのものでした。
その日の午後。
私は陛下と共に、お忍びで帝都の賑わいを視察していました。
陛下はマントのフードを深く被り、私の手をギュッと握って離しません。
「セシリア。貴様は先ほどから民の笑顔よりも、市場の『荷下ろし順序』ばかりを見ているな」
「あら、陛下。あの荷下ろしの動線、あともう三度右へ斜めに傾ければ、荷役の負担が5%軽減されますわ。後でクリス様に通達しておかなくては」
「…………。お忍びだと言っただろう。いい加減に私だけを見ろ、この仕事中毒め」
陛下がどこか拗ねたような子供っぽさを見せながら、私の手を引き、人気の少ない路地へと連れ込みました。
彼はそのまま、私を壁に押し当てるようにして――もはや隠しきれなくなった、征服者としての独占欲を瞳に宿して見つめました。
「セシリア。貴様は、この国を豊かにした。民を救い、新しい秩序を打ち立てた。だが私はそれだけでは満足できない」
「陛下?」
「私が欲しいのは、世界一有能な最高顧問ではない。私の隣で、誰よりも幸せそうに書類のことなど一秒も考えずに、私に微笑みかける『一人の女としてのセシリア』なのだ」
陛下の熱を帯びた声。
それはアウグスト王国で私がどれほど実績を上げても、一度として向けられなかった「執着」の光。
私は照れ隠しにパッと扇子を広げようとしましたが、……陛下の手によって、その扇子を握る私の手が優しく、しかし強引に封じられました。
「扇に逃げるな、セシリア。貴様のその、真っ直ぐな瞳で私を、愛していると言え」
「っ、…………。っ、……レオンハルト様。私、……私も……」
言葉にしようとした瞬間。
広場の方から民衆たちの合唱が聞こえてきました。
それは私の健康と幸福を願う、帝国歌の替え歌。
(ああ。こんなに多くの人に愛され、そしてこの最強の男に、誰よりも深く執着されるなんて)
私は降参したように目を閉じました。
ロジカルな思考は陛下の温かな唇が私のそれに触れた瞬間、完全に霧消してしまいました。
「拝承いたしましたわ、陛下。私の心のすべてを、これから一生かけてあなたお一人のために、捧げることを誓います」
帝国の真の月は太陽の熱に焦がされるようにして、初めて「仕事」以外の幸福に、その身を委ねたのでした。
「事務の聖女」として神格化される回でしたわ。最後までありがとうございます!
そして、陛下の独占欲が爆発する回でもございますの。
仕事中毒なセシリアを、陛下が強引に恋愛フェーズへ引き込むシーン……民衆の合唱をBGMにしたキスシーンは、書いていて少し照れてしまいましたわ(笑)。
次回、第29話「レオンハルトの「不器用」な誓約」。
陛下が、セシリアにひとつだけ申請なさいますわ。書式も前例もない申請ですの。
もし「事務の聖女様の恋を応援したい」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。
皆様の魔力供給(評価)が、セシリアの「愛の設計図」をより完璧なものにしますの!




