第30話:エピローグ ―― そして、定時に帰ろう
歴史に刻まれる成婚式から、さらに半年。
アウグスト帝国の「新時代」は、もはや伝説ではなく、人々の当たり前の日常となっていました。
帝国中央庁、最高顧問室。
私は今、かつてないほど「美しい」景色に囲まれています。
それは豪華な調度品でも、窓から見える帝都の絶景でもありません。
私のデスクの上に一分の隙もなく、完璧なマージンと論理構成で並べられた「承認済み」の書類の束です。
「ふふ。クリス様。この物流改革の最終フェーズ。驚くほどスムーズに予算の執行が完了しましたわね。誤差、わずかに0.0001%。私の予測を下回るなんて、帝国の事務官たちの練度も上がったものですわ」
「セシリア様。。いえ、皇后陛下。それを『スムーズ』と呼ぶのは、世界であなただけです。。ですがええ。あなたがいらしてから、この国は……本当に生まれ変わりました」
クリス様が真っ白だった顔に健康的な赤みを宿し、深く、深く頭を下げました。
彼もまた、私の「地獄の特訓」を乗り越え、今や帝国の盤石の屋台骨となっていました。
時計の針が午後五時を指しました。
その瞬間、城内に清らかなベルの音が鳴り響きました。
かつてのアウグスト王国では「過労の始まり」を告げていたその音は、今の帝国では「幸福な帰宅」を告げる合図です。
「さあ、皆様! 今日も一日、素晴らしい仕事をありがとうございました! 残業、未処理の書類、あるいは『やり残した不安』。それらはすべて、明日の貴方たちの活力を削ぐ不要物ですわ! さあ、定時です。帰りなさい!」
私の号令と共に執務室の事務官たちが一斉にペンを置き、笑顔で挨拶を交わして去っていきます。
それは三年前の私が、血の涙を流しながら夢に見た光景でした。
最後に一人残った私の元へドスドスと……いえ、威風堂々と、しかしどこか急ぎ足な足音が近づいてきました。
「セシリア。時間だ」
扉を開け、レオンハルト様が現れました。
彼は皇帝としての公式な上着を既に脱ぎ、一人の男としての、私への甘い期待を隠さない瞳をしていました。
「まだ、その書類を眺めているのか? 約束だろう。定時を過ぎたら、貴様の瞳は私だけのものだ」
「あら、陛下。最後の一枚、……今夜の夕食の食材の鮮度に関する『検品報告書』に目を通していただけですわ」
「…………。それはシェフの仕事だろう」
陛下が呆れたように、けれど極上の愛おしさを込めて私を抱き上げました。
私は彼に身を預けながら、ふと窓の外に目を向けました。
遠く離れた、帝国の最北端にある開拓地。
そこではルイス元王子とマリアベル元令嬢が、泥にまみれて「ひぃひぃ」と言いながら、私が指示した下水の清掃作業に(今日も元気に)励んでいることでしょう。
彼らが私の仕事の尊さを知ることは一生ないかもしれませんが、……彼らの「無能のツケ」を、自らの手で払わせ続けているという事実は、私の心の隅に小さな、しかし消えない満足感として残り続けていました。
「幸せか、セシリア」
陛下が私の耳元で囁きました。
「ええ。レオンハルト様。。これ以上に誇らしく、……そして、これ以上に『定時に帰るのが楽しみ』な人生なんて、どこを探してもありませんわ」
私は彼の広い胸に顔を埋め、静かに目を閉じました。
有能すぎた悪役令嬢は。
今日も、明日も、そして永遠に。
愛する人の隣で世界をより良く、より美しく、……そして最高に効率的に変えていく。
それが彼女に与えられた、最高の『ハッピーエンド』なのですから。
(第一部・完)
第30話、第一部の最後まで並走いただき、本当に、本当にありがとうございました!
有能すぎた悪役令嬢が自らの武器でブラックな過去を清算し、最高の「ホワイトな幸福」を掴み取るまでの物語、いかがでしたでしょうか。
最後、自分の幸福のそばに「ヴィランたちの労働」というスパイスを置きつつも(笑)、誰よりも輝いて仕事と恋愛に励むセシリアの姿を描き切ることができ、これ以上ない達成感ですわ。
もし「最高のホワイト読了感だった!」と感じていただけましたら、ここでぜひ、ブックマーク(有給申請)や評価(最高額のボーナス支給)をお願いいたしますわ!
そして――セシリアと陛下の物語は、ここで終わりではございません。
次回、第31話は閑話。あの「国境の邂逅」を、拾った側である陛下の内側から描きます。
続く第32話より、いよいよ第二部が開幕。超ホワイト帝国を築き上げた二人のもとへ、大陸のはるか中央から、まぶしいほど白い封蝋の書状が届きますの。
引き続き、執務室でお会いしましょう!応援ありがとうございました!




