第25話:王国の終わりと、帝国の夜祝い
歴史上、一人の「無能な王子」と一人の「事務中毒(社畜)令嬢」によって、一つの国がこれほど鮮やかに、かつ血を流さずに消滅した例は他にないでしょう。
アウグスト王国が帝国の『アウグスト州』として正式に統合された翌日、旧王都の街角には、以前の絶望的な静けさは微塵もありませんでした。
「おい、見たか! 帝国の輸送隊だ! パンだけじゃなく、魔力供給用の高品質な魔石が山ほど届いたぞ!」
「役所の窓口も再開された! 聖女セシリア様が、新しい簡略化された申請書類を既に送り届けてくださったらしい。……これで、賄賂を積まなくても数分で手続きが終わるんだ。奇跡だ!」
人々は、もはや消え去った旧王家の紋章をためらうことなく引き剥がし、新しく掲げられた『帝国の双頭の鷲』の旗に向かって万歳三唱をしていました。
彼らにとって、セシリアは戻ってきてくれた「かつての有能な令嬢」の完成形であり、レオンハルト陛下は自分たちを飢えと非効率から救った「真の英雄」だったのです。
一方、私は。
統合実務の第一段階を終え、帝城のバルコニーから、遠くで上がる祝祭の花火を眺めていました。
「……あら。陛下、あそこの花火。……火薬の配合比率が、帝国の標準規格より少しだけカリウムが多いかもしれませんわね。……燃焼効率の最適化案、明日までにまとめておきましょうか?」
「…………セシリア。貴様は今、この感動的な夜景の中でまで、何かの『最適化』を考えているのか」
レオンハルト陛下が、私の隣で呆れ果てたように、けれど愛おしさを隠しきれない声で溜息をつきました。
彼は私の腰を引き寄せ、その温かな胸の中に私を閉じ込めました。
「お前はもう、ただの事務官ではない。……我が帝国の、そして私の『最愛の婚約者』なのだ。……今この瞬間くらい、書類や数値のことなど忘れられないのか?」
「……。努力はいたしますわ、陛下。……ですが、この美しい景色を将来に渡って維持するための『維持管理コストの算出』をしないと、私はどうにも落ち着かなくて……」
「……。貴様という女は、本当に……」
陛下は観念したように笑い、私の額に優しく口づけを落としました。
「……いいだろう。貴様がそうやって、この国のすべてを慈しみ、管理し、守ろうとしてくれるのなら。……私は、その貴様を守る盾であり続けよう。……だが、明日は丸一日『休暇』だ。……もし執務室に近づいたら、あのドブネズミ(王子)が掃除している下水処理場へ強制連行するからな」
「……。それはもはや、ご褒美ではなく拷問ですわね、陛下」
私たちは、夜空を彩る大輪の花火を見上げながら、寄り添いました。
祖国アウグスト王国は消え去りましたが、私の胸の中には、あの日よりもずっと温かく、そしてロジカルに積み上げられた「幸福」が、盤石の土台となって築かれていたのでした。
第25話、お読みいただきありがとうございました!
王国の平和的な統合と、民衆の喜びを描いた回でした。
セシリアの「花火を見て配合比率を気にする」という仕事中毒っぷりと、それを半ば諦めつつも愛する陛下の掛け合い、お楽しみいただけたでしょうか。
次回、第26話「本当の「有給休暇」」。
ようやく訪れる本当の有給休暇……。ですがセシリアの「休み方」は、普通の令嬢とは一味も二味も違うようですのよ!完結まで伴走よろしくお願いいたしますわ!
もし「花火の最適化案が気になる」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。
皆様の応援という名の「福利厚生」が、セシリアのホワイトな日々を支えますの!




