第23話:王国の値段と、冷酷皇帝の極私的な買収
泥濘に跪き、帝国の威厳に魂まで震わせているルイス王子。
そして自らの最大の武器であった美貌を「不潔なゴミ」と切り捨てられ、虚空を見つめたまま固まっているマリアベル。
二人の前にはアウグスト帝国の絶対的な覇道が、抗いようのない壁となって立ちはだかっていました。
「ルイス。貴様に最後の慈悲を与えよう」
レオンハルト陛下が、泥の中に突き刺さるように立ち尽くす王子を、冷酷に見下ろしました。
その声には、情け容赦のない「最終通告」の響きがありました。
「このアウグスト王国。もとい、貴様が食い散らかし、残骸となったこの廃墟。銅貨一枚(一ペニー)で、私が全て買い取ってやろう」
「え、……い、一……一ペニー!?」
ルイス王子が、絶望のあまり裏返った声を上げました。
代々、栄華を誇ってきた我が祖国。肥沃な大地と、美しい街並み。それらすべてを、道端に落ちている石ころ同然の価値しかない「一ペニー」で売れと、この皇帝は言っているのです。
「ふ、不当だ! いくらなんでも、一国の値段が銅貨一枚など! そんな契約、国際公法が認めない!」
「公法を語るか。よろしい、ならば経済の現実に照らして教えてやろう。現在の貴様の国は、債務超過によって資産価値は『ゼロ』どころか、莫大な負の遺産だ。本当なら、こちらが処分費用を請求してもいいくらいなのだぞ?」
陛下が背後のクリス様に目配せをしました。
クリス様は昨夜私が(陛下の目を盗んで)仕上げた『王国破産実況監理報告書』を、これ見よがしに広げました。
「残念ながら殿下。セシリア様が算出した結果によれば、アウグスト王国の現在の『純資産』は、マイナス三千万帝国マルク。一ペニーでも、帝国にとっては『過大な支払い(出血大サービス)』なのです」
「な……な……セシリア! 君、君はどこまで僕を愚弄すればっ!」
私は扇子の影で静かに目を閉じました。
愚弄? いいえ。これはあなたが適当に管理し、マリアベル様に貢ぎ、放置してきた『現実の重み』を、ただ数値化しただけですわ。
「買い取りの代価として、貴様と、その隣の女の身柄をこちらへ引き渡せ。それが貴様がこの場で首を刎ねられず、かつ国民を飢え死にさせないための、唯一の道だ」
陛下の宣告。
それは交渉ではなく、絶対の命令。
ルイス王子は自分の周囲を取り囲む帝国軍の槍の波――そして、国境の向こう側で自分に石を投げようと待ち構えているかつての国民たちの怒りを見ました。
彼にはもう……「署名」する以外の選択肢など、残されてはいなかったのでした。
「あ、……あぁ……っ。わ、分かりました。承知、しました……」
ルイス王子は泥まみれの手で、陛下が差し出した『国家売却契約書』に、震えながらサインしました。
一国の主権がたった一枚の銅貨と引き換えに。
あまりにも短く、あまりにも無惨な、王国の終焉でした。
「よし。クリス、この署名を即刻受理しろ。これで、この土地は今日から帝国の『アウグスト州』だ。そしてセシリア」
陛下が私の腰をそっと抱き寄せました。
「貴様を苦しめた過去の亡霊は、すべて私の囚人となった。これでようやく不純なノイズを気にせず、貴様を愛でることができるな」
冷酷皇帝のそのあまりに独占欲の強い、けれど温かな言葉に。
私はようやく胸の奥に溜まっていた重い澱が、一気に消えていくのを感じていました。
「お疲れ様でした、陛下。最高の『買収案』でしたわ」
私は陛下の胸に身を預け、泥の中に沈んでいく王冠を、これ以上ないほど穏やかな心境で見つめていたのでした。
陛下の規格外の強引さと、セシリアの「ロジカルな裏付け」が融合した真骨頂回ですの。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
王子のプライドが完全に粉砕される様、お楽しみいただけたでしょうか。
次回、第24話「悪役令嬢、最高の「ホワイト労働」へ」。
ヴィラン二人に言い渡される「事務的な罰」ですわ。配属先の欄に何と書かれていたのかは、どうぞ本編で。
もし「国家買収のロジックが美しすぎる」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。
皆様の魔力供給(評価)が、セシリアの「値付け」の精度をさらに上げますの!




