第22話:自称ヒロイン、皇帝に挑む
泥の中に額まで沈め、無様に慟哭するルイス王子。
その光景を見て、隣で腰を抜かしていたマリアベル・シュトラウスは、絶望ではなく、ある「確信」のために瞳をギラつかせました。
(ああ。やっぱり、セシリアはあの方を脅しているんだわ。あんなに美しくて威厳のある方が、あんな可愛げのない女を本当に大切にするはずがないもの。あの方が必要としているのは、もっと……そう、私みたいな『癒し』なのよ!)
マリアベルは泥まみれの手で乱れた髪を整え、意を決したようにレオンハルト陛下を見上げました。
それは周囲にいる帝国の重装歩兵たちですら「こいつ、正気か?」と目を疑うような、あまりに場違いな『女の武器』を振りかざした潤んだ瞳でした。
「皇帝陛下ぁ。お、お願いです、お聞きください……っ」
彼女は泥濘の上でしなやかに身をくねらせ、陛下に向かって這いよろうとしました。
かつて王宮で数多の騎士や貴族たちをその一瞥で虜にしてきた、彼女の「真実の愛」の魔法。
「私、マリアベルは、セシリアに騙されていたんです……っ。本当は、ずっとこの国の惨状に心を痛めていて。セシリアは、陛下を自分の『有能さ』で縛り付けているだけです! あんな女の冷たい言葉より……陛下のようなお強い方の側には、もっと……温かな『癒し』が必要ではありませんかぁ?」
……。
沈黙。
国境線に集まった帝国民衆、そして王国の難民たち。数万人の人間があまりの「不敬」と「現実逃避」に、言葉を失って固まりました。
私は陛下の隣で、扇子を広げることすら忘れて呆然としてしまいました。
(マリアベル様。あなたはこれまで私が作成してきた『対帝国外交プロトコル(絶対禁忌事項)』を、一文字も読んでいなかったのですか? 陛下が最も嫌うのは『努力を否定し、甘言のみで寄生しようとする無能』ですわよ)
レオンハルト陛下は自分に触れようと伸ばされたマリアベルの指先を、――まるで地面を這い回る汚物を見るような、極北の吹雪よりも冷たい視線で一掃しました。
「…………汚らわしい」
「え?」
陛下が放った、短く、しかし絶対的な拒絶の言葉。
マリアベルの動きが、物理的に凍り付いたかのように止まりました。
「その目、その声、その醜い魂。仕事に励み、知性を磨き、民のためにペンを走らせるセシリアの美しさの、万分の一にも満たぬゴミよ。近寄るな。私の視界が不潔になる」
陛下がわずかに放った覇気。
それだけでマリアベルは物理的な衝撃を受けたかのように後ろへ吹き飛び、再び泥の中に無様に尻餅をつきました。
「ひ、ひぃぃぃっ!? お、恐ろしい……何なの、この方! ヒロインの私の魅力が、効かない!?」
「私は有能な者以外には容赦しない。そして、私の大切な友を『悪女』と蔑んだ連中には、神すら恐れぬ報いを与える」
陛下は、マリアベルを完全に「人間」としてカウントするのをやめました。
彼の瞳に宿る怒りはもはや交渉ではなく、一方的な『処刑』を告げていました。
マリアベルはガタガタと震え、初めて自分が「ヒロイン」ではなく、ただの「無謀な大罪人」であることを理解したのでした。
「セシリア。済まないな、不快なものを見せた」
陛下が私の肩を抱き寄せ、その声をいつもの穏やかなトーンに戻しました。
私は彼の胸に身を預けながら、静かに微笑みました。
「いいえ、陛下。いい『査定』でしたわ。彼女の魅力は帝国の平均的な家畜の取引価格以下、ということでよろしいかしら?」
「フッ。高く見積もりすぎだ、セシリア」
陛下とのそんなやり取りを聞きながら、マリアベルは泥の中で、ただただ絶望に染まっていくのでした。
ただ、ひとつだけ。
陛下が「高く見積もりすぎだ」と仰ったとき、その視線は一度も彼女へ向いておりませんでした。
値を付けるまでもない、ということなのでしょう。
(では陛下。あなたがきちんと値を付けてくださるものは、この世にいくつございますの?)
マリアベルの「汚らわしい」発言による、歴史的(?)撃沈回でしたわ。ありがとうございます!
彼女の最大の武器である「美貌と誘惑」が、仕事に誇りを持つ皇帝の前では「不潔なゴミ」でしかないという残酷な対比……。セシリアの「査定」スキルも、相変わらずキレキレですわね(笑)。
次回、第23話「王国の値段と、冷酷皇帝の極私的な買収」。
陛下が王国に値をお付けになりますの。提示された額を聞いて、ルイス殿下が何と叫んだか。
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皆様の応援という名の「ボーナス」が、セシリアの新しい職場をさらにホワイトにしますの!




