第17話:難民の波と、セシリアの聖女伝説
国境線の向こう側で時計塔が倒れた、その翌日から。
帝国の検問所には、かつて見たこともないような規模の『人の波』が押し寄せ始めました。
それは武力を持った侵略者ではなく、泥にまみれ、絶望を瞳に宿した、王国の民衆たちでした。
「助けてくれ、……仕事と、パンを……!」
「アウグスト王国に未来はない! どうか、帝国の国民にしてくれ!」
国境線に立ち並ぶ帝国の重装歩兵たちは、戸惑い、剣の柄に手をかけていました。
本来なら、他国の難民など「追い払うべき不服従の民」でしかありません。レオンハルト陛下も、宿営地のバルコニーから冷淡にその光景を見下ろしていました。
「セセセ、セシリア様。あの人だかり、どうしましょう……! 陛下は『無能な者に分け与える食糧はない』と仰っていますが、このままでは暴動が……!」
クリス様が、真っ青な顔で私の元へ駆け込んできました。
私は、手にしていた『帝国労働法』の草案――私が最近趣味で作成し、各部署に配って回っているもの――を静かに閉じました。
「クリス様。……陛下へお伝えなさい。……『あの中に、無能な者など一人もいません』と」
「……え?」
私は、陛下への謁見を求めました。
彼は不機嫌を隠そうともせず、玉座に座っていました。
「セシリア。貴様のことだ、またあの大衆を助けろとでも言うつもりか。……勘違いするな。私は慈善家ではない」
「知っておりますわ、陛下。……ですが、陛下。あの群衆の中には、私がかつて手塩にかけて育てた、実力ある農民のリーダー、魔導具の調整師、そして経理のいろはを知り尽くした文官たちが含まれています。……彼らを追い払うのは、金銀財宝をドブに捨てるのと同じ、究極の『非効率』ですわ」
私は、手にしていた一冊の分厚いファイル――この数日間、望遠鏡とスパイからの報告、そして私の記憶を総動員して作成した『王国人材資産リスト』を、陛下の前に置きました。
「すでに、難民たちの顔ぶれから、誰がどの部門で即戦力になるかのリストアップを終えました。……彼らを帝国の未開拓地に配置すれば、一年で投資額の三倍の税収を上げることが、論理的に証明可能ですわ」
「…………。三倍だと?」
陛下の目が、ピクリと動きました。
彼は私のファイルを手に取り、流れるように目を通しました。
「……セシリア。貴様、いつの間にここまで……」
「趣味ですわ。……さあ、陛下。……『慈悲』ではなく、帝国の『未来への投資』として、彼らを受け入れるサインを頂けますか?」
十分後。
国境の検問所では、前代未聞の光景が展開されていました。
帝国の兵士たちが、武器を下げ、代わりに「お粥」と、そして「入国資格・技能調査票」という名の問診表を持って、難民たちの間を回り始めたのです。
私は、検問所の高い台の上に立ちました。
民衆が、私を見上げて息を呑みました。
「王国の皆様! ……ここは、仕事をする者が正しく報われる国です! ……私の知る『有能な貴方たち』なら、帝国の未来を共に築く資格があります! ……さあ、今日から貴方たちの主君は、あの無能な王子ではなく、この私……そして、慈悲深き(?)レオンハルト陛下ですわ!」
その瞬間、地を揺るがすような慟哭と、歓喜の叫びが沸き起こりました。
「セシリア様! セシリア様だ! やっぱり、私たちを捨てていなかった!」
「仕事の女神様……! 事務の聖女様!!」
民衆が、泥にまみれた膝を付き、私に向かって祈るように手を合わせました。
陛下は、私の後ろで腕を組み、溜息をつきながらも……その口角をわずかに上げていました。
「……フン。聖女、か。……事務員が聖女として崇められる国など、歴史上この帝国だけだろうな」
「陛下。……正しく事務が回ることこそが、最大の奇跡なのですよ」
私は、陛下の手を握りました。
こうして、祖国の「民」は、一兵も失うことなく、私のペン一本によって帝国へと「吸い上げられて」いったのでした。
第17話、お読みいただきありがとうございました!
セシリアの「人材価値を見抜く力」が難民救済という形で爆発した、聖女(事務官)回でした。
彼女にとっては単なる効率的なリソース配置ですが、絶望していた民衆から見ればまさに救いの手……。「自分たちの価値を認めてくれる誰か」の存在こそが最大の報いであることを描きましたわ。
次回、第18話「マリアベルの「最後の博打」」。
聖女伝説の影で、マリアベルが陛下を誘惑して逆転するという、あまりに馬鹿げた賭けに出ますの!
もし「事務の聖女様に救われたい」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。
皆様の魔力供給(評価)が、セシリアのホワイトな「救済活動」をさらに力強いものにしますわ!




