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第15話:帝国の「真の月」

 帝都アウグスト。

 祖国(王国)での阿鼻叫喚のパーティーの知らせが、魔法通信を通じてクリス様の執務室へ届いたのは、その翌朝のことでした。


「セシリア様。あの、……例のルイス殿下の婚約パーティー、……暴動が起きて陛下自ら騎士団(の生き残り)に守られ、逃げ出されたそうです。あとマリアベル様のティアラ、商人に千切り取られたとか」


 クリス様が哀れみと同時に、どこか「自分たちじゃなくてよかった」という安堵の混じった複雑な顔で報告してくれました。


「あら、……それは災難でしたわね。でも、クリス様。あの方たちには『真実の愛』があるのでしょう? それさえあれば、ティアラの一つや二つ、惜しくはないはずですわ」


 私は帝国の最高級ホテルで焼かれたスコーンにたっぷりとクリームを乗せながら、優雅に微笑みました。

 今の私にとって、王国の惨状は、朝刊に載っている「遠い他国の三面記事」と同じくらいの距離感でしかありません。


 その夜。

 帝城で最も高い場所にある、見晴らしの良いバルコニー。

 そこはレオンハルト陛下のお気に入りの場所であり、私たちが時折、静かに語り合う特別な空間になっていました。


「セシリア。貴様が来てから、一ヶ月か。早いものだな」


 陛下の横顔が月光に照らされて美しく、かつて国境で会ったときよりも穏やかに見えました。


「ええ、陛下。おかげさまで、私の目の隈もすっかり消え去りましたわ。事務処理への禁断症状も、クリス様のおかげで、……ええ、健全に解消されております」


「その『健全』の定義には疑問が残るが。まあいい」


 陛下がフッと笑いました。

 彼はそのまま、私の手を優しく取りました。

 その掌は大きく、温かく、そしてこれから重大な「契約」を交わそうとする者のような、静かな決意に満ちていました。


「セシリア。私は今まで力一辺倒の支配こそが、この国を守る唯一の方法だと信じてきた。だが貴様がペン一本で血を流さずに国民を豊かにし、敵を……ふむ、あのように滑稽に自滅させる様を見て、教えられたのだ」


「何をでしょうか」


「国を統べる本当の光は私の掲げる剣ではなく、貴様のような、……正しく、賢く、そして誰よりも真面目に働く者が放つ、静かな輝きなのだとな」


 陛下が私の指先に、帝国の象徴である紅い魔石が嵌まった指輪を——ではなく、私の手を自分の心臓の上にそっと押し当てました。


「セシリア。あちらの国(王国)のことは、もう忘れろ。これからはこの帝国の、そして私の『真の月』として、私の隣にいろ。これは、皇帝(レオンハルト)としての勅命ではない。ただの一人の男としての、一生の願いだ」


 月光の下。

 冷酷と恐れられた皇帝が私という一人の「元・社畜令嬢」に向けて、ひざまずくようにして語りかける姿。

 その光景に私の心臓が、かつてないほどの激しい鼓動を打ちました。


(仕事の納期が間に合わないときの焦りよりも、何万倍も。ああ、私……)


「陛下。私は、可愛げのない女ですわ。放っておけばすぐに書類の山に潜り込み、効率化のために他人に厳しく、デート中にも輸送経路の不整合を指摘してしまうような……」


「知っている。それが貴様の強さであり、私が愛した輝きだ」


「…………」


 愛した。

 その言葉が私の耳に、そして魂に、真っ直ぐに届きました。

 かつて私を「便利な道具」と言った王子。

 そして今、私の「欠点」すらも愛すべき個性だと言ってくれる皇帝。


 私は溢れそうになる熱いものを瞬きで追いやり、陛下の手を強く握り返しました。


「拝命いたします、レオンハルト様。ただし、契約内容に一つだけ、条件を加えさせていただいてもよろしくて?」


「……。またか。今度は何を望む」


「夜の十二時を過ぎての事務作業は、陛下が直接、私を寝かしつけに来てくださること。それを、私の終身雇用の絶対条件とさせていただきますわ」


 レオンハルト様が目を見開き、やがて腹の底から楽しげな笑い声を上げました。


「ああ、承知した。その業務、喜んで一生の仕事(ライフワーク)にさせてもらおう」


 こうして。

 ブラックな祖国を追放された悪役令嬢は。

 自分を最高に評価し、全身全霊で愛してくれるホワイトな皇帝の腕の中で、第一の「ハッピーエンド」を掴み取ったのでした。

第一章(亡命・評価・成婚予約編)は、ここまでですわ! 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!


セシリアの「ホワイトな転職成功」と、レオンハルト陛下との正式な婚約(に近い約束)。第一の大きな山場でしたわね。王子たちの滑稽な没落と、セシリアの幸せな笑顔の対比、お楽しみいただけたでしょうか。


次回、第16話より「第二章:国家崩壊・断罪(土下座外交)編」へ突入いたします!

祖国がいよいよ物理的に立ち行かなくなってまいります。セシリアはそれを、どこで、何を食べながら眺めているのでしょう。


もし「ホワイトな雇用契約に乾杯!」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。

皆様の応援が、セシリアと陛下の「ライフワーク」をさらに熱くさせますの!

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